弾・丸・翔・子

 後ろについていた分、達也が事態に気付くのが早かった。追ってきていたバイクがフェンスに激突したことを察すると、バイクを反転させ事故現場に急ぐ。一方翔子は、ゾーンからまだ抜けきっていなかったので、追走のバイク事故に気付かない。同化していたはずの達也の気配が消え、心に生じたわずかな空洞化に翔子が気付いたのはかなり走ってからのことだった。
 達也が事故現場に戻ってくると、そこにはすでに他のメンバーたちが到着しており、リーダーを助け起こそうとしている。達也の姿を認めると、全員いきり立って殴りかかろうとした。
「待ってください。今はその人を助けることが先です。自分は医師ですから、安心して…。」
 そう言って達也は、路上でもがき苦しむリーダーに駆け寄った。かなり痛がってはいるが、貧相なヘルメットにもかかわらず、頭部に外傷はなく、意識はしっかりしているようだ。痛さの基を探ると、右大腿骨あたりに出血が見られる。この痛がり方は単に外傷からくるものではなさそうだ。これは骨折か、脱臼かが予測される。達也は、他のメンバーたちに救急車を呼ぶように指示した。そして、出血を抑えるように動脈を絞り、右大腿骨を固定するなどの応急処置を迅速に施した。
 遅れて事故現場に到着した翔子は、黙って達也を見ながら、以前同じようなことがあったことを想い出していた。父の言うがままに医師になり、本当になりたかったかどうかわからないと言っていた達也。しかし、危うくなった命があれば、殴られる危険も顧みず駆け寄っていく自分の姿を、いったい彼自身は気づいているのだろうか。ご飯粒を付けて咳こむ達也。荒っぽい青年達相手にテキパキと遠慮のない指示を出す達也。翔子は、様々な達也に遭遇して、こころの奥底にコンクリートの箱で沈めておいたはずの種が、壁を打ち破って徐々にその芽を伸ばせていくのを感じていた。

 峠の片田舎の警察署で事故の事情聴取を済ませると、事故を起こした青年の祖父が警察署の待合で翔子と達也を待っていた。幸い達也の迅速な対応と応急処置のお陰で、命に別条はなく、単純な骨折で事なきをえたと礼を言いながら盛んに頭を下げていた。逆に事故になるような遠因を作ってしまったと、翔子達も詫びながら祖父の前から辞したが、門を出たとたん途方に暮れた。もうすっかり夜の帳がおり、しかも激しい雨が降っている。