しばらく哲平を睨んでいたミカ。やがてコッペイを抱きかかえて車に乗ると、挨拶もせず乱暴に走り去っていった。
「あーあ、桐谷警部補。お母さん怒らせちゃった…。」
ミカの車を見送る哲平の背後に、いつの間にか若き巡査部長が立っていた。
「軽いゲンコツくらいで大騒ぎしやがって…俺ん時は親父からガチな往復ビンタだったぞ。」
「警部補の乱暴な子育て論は、あのセレブには通じませんよ。」
「うるせい、署へ親に無事引き渡したと報告しろ。」
再びゲンコツを繰り出しそうな哲平の勢いに、若き巡査部長はすぐさま黒電話に飛びついた。
「達也先生。なんか歩き方変ですよ。」
上田総合病院。午前最後の仕事で入院患者の往診に向かう途中、背後についていた看護師がくすくす笑いながら言った。
確かに達也は、意味もなく両肘を上げて歩いている。しかも曲がり角では一旦スピードを緩めると、曲がる方向に身体を預け、パタンと曲がる。そして少し体重を後方に寄せると、今度はアクセルを開けたのごとく歩くスピードをグンと早める。その歩行スタイルの理由を、達也は看護師に説明しなかった。説明しても解るわけが無い。タンデムレッスンで翔子から体感したものを忘れまいと、歩く時にもそんな身体の使い方をして練習しているのだ。確かに、これで『ブー、ブー。』などと口走りっていたら、すぐに精神科病棟へ連行されかねない。それでもそんな練習に夢中になっているのは、来るべきコースチャレンジのためだけではない、明日に迫ったツインドライブで、翔子にいい走りを見せたいというのが本音なのだ。
達也が病室のドアを開けると、ベッドに半身を起こした心配顔の患者に迎えられた。達也も医師モードに戻って、幾つかの質問を投げかけながら、カルテをチェックする。
「検査の結果も良好です。もう退院していいですよ。」
患者の顔がパッと明るくなった。ベッドのそばに控える家族も嬉しそうに達也に礼を言う。実は達也もこの瞬間が大好きである。達也のひと声が、ここに居あわせるすべての人々に対して理屈の無い嬉しさをもたらす瞬間だ。回復は患者自身の生命力に他ならないのだが、その喜びの一角に自分が居あわせることが出来て彼も自然に嬉しくなる。
達也は病室から出ると、心も軽やかにまたバイク歩きをしながら、職員食堂へ向かった。
「おい、ペケジェー。」
「あーあ、桐谷警部補。お母さん怒らせちゃった…。」
ミカの車を見送る哲平の背後に、いつの間にか若き巡査部長が立っていた。
「軽いゲンコツくらいで大騒ぎしやがって…俺ん時は親父からガチな往復ビンタだったぞ。」
「警部補の乱暴な子育て論は、あのセレブには通じませんよ。」
「うるせい、署へ親に無事引き渡したと報告しろ。」
再びゲンコツを繰り出しそうな哲平の勢いに、若き巡査部長はすぐさま黒電話に飛びついた。
「達也先生。なんか歩き方変ですよ。」
上田総合病院。午前最後の仕事で入院患者の往診に向かう途中、背後についていた看護師がくすくす笑いながら言った。
確かに達也は、意味もなく両肘を上げて歩いている。しかも曲がり角では一旦スピードを緩めると、曲がる方向に身体を預け、パタンと曲がる。そして少し体重を後方に寄せると、今度はアクセルを開けたのごとく歩くスピードをグンと早める。その歩行スタイルの理由を、達也は看護師に説明しなかった。説明しても解るわけが無い。タンデムレッスンで翔子から体感したものを忘れまいと、歩く時にもそんな身体の使い方をして練習しているのだ。確かに、これで『ブー、ブー。』などと口走りっていたら、すぐに精神科病棟へ連行されかねない。それでもそんな練習に夢中になっているのは、来るべきコースチャレンジのためだけではない、明日に迫ったツインドライブで、翔子にいい走りを見せたいというのが本音なのだ。
達也が病室のドアを開けると、ベッドに半身を起こした心配顔の患者に迎えられた。達也も医師モードに戻って、幾つかの質問を投げかけながら、カルテをチェックする。
「検査の結果も良好です。もう退院していいですよ。」
患者の顔がパッと明るくなった。ベッドのそばに控える家族も嬉しそうに達也に礼を言う。実は達也もこの瞬間が大好きである。達也のひと声が、ここに居あわせるすべての人々に対して理屈の無い嬉しさをもたらす瞬間だ。回復は患者自身の生命力に他ならないのだが、その喜びの一角に自分が居あわせることが出来て彼も自然に嬉しくなる。
達也は病室から出ると、心も軽やかにまたバイク歩きをしながら、職員食堂へ向かった。
「おい、ペケジェー。」



