弾・丸・翔・子

『そうですね…本当に気持ちが良い。』
 翔子が心の中で言った言葉に、心に直接帰ってきた声があった。それは、達也の声だった。翔子が驚いて振り返ると前髪を風に遊ばれながら達也が立っていた。
『あなた、なんでこんなところに居るの?』
『なんでって…翔子さんが呼んだんじゃないですか。』
『呼んだ覚えはないわよ。』
『またぁ…でも、なんでそんなところにひとりでいるんですか?』
『私の勝手でしょう。』
『いつから?』
『よく憶えてないわ…』
『憶えてないって…。』
『でも…最初に来た時はお母さんが死んだ時のような気がする。』
『えっ、そんな昔から?』
『その時は、お兄ちゃんが来て、連れて帰ってくれたの。』
『ふーん…それならなんでまたここに?』
 翔子は返事のしようがなかった。自分でも訳がわからない。
『とにかく、帰りましょう。翔子さん。』
『嫌よ。』
『どうして?そんなところにひとりでいても仕方が無いですよ。』
『放っておいて。お兄ちゃんが来るまで待ってるの。』
 翔子の言葉に、達也は驚いたような顔をしてしばらく黙っていた。
『わかりました…それなら、お兄さんが来るまでそばに居させてください。』
『なんで?』
『翔子さんを放っておけないですよ。』
『なんでそんなに私のことを心配するの。』
『なぜって…。』
 達也は出かかった言葉が口から出ない。
『なぜって、自分は医者だから…。』
 バイクの急ブレーキの音で我に返った達也は、バイクが止まってようやく翔子とタンデムレッスンしていた事を想い出した。ライディング中とは異なり、翔子の胴に巻き付けた両腕から伝わってくるのは、許容ではなく拒否の頑なさだった。ゆっくりと巻き付けた腕を解くと、翔子が振り返りもせず冷たく言った。
「レッスンは終わりよ。降りて…。」
「えっ、こんなところで?」
「いいから降りて。」
 翔子の強い口調に押され渋々バイクから降りた達也。翔子は彼を残し何も言わずに走り去ってしまった。
 タンデムでの一体感が度を過ぎてしまったのだろうか。達也の魂が翔子のこころの潜在的部分まで到達してしまったようだ。達也はずかずかと翔子の心の中に入り込んでしまった無神経な自分が腹立たしかった。