弾・丸・翔・子

「いえ、血管内カテーテル手術で穴を塞ぐ医療機器をつければよくなるんです。今まで手術に耐えられる年齢まで待っていて、いよいよ手術の時が来たのですが…」
 ため息をつくミカを見つめながら、哲平はそのまま彼女の言葉を待った。
「急に手術を嫌がって、言うことを聞かないんです。」
「危険な手術なんですか?」
「それなりのリスクはありますが、心臓にメスを入れるのとは違って、ダメージは少ないんですよ。」
「そうですか…。お父さんは何と…。」
 ミカは急に曇った顔をした。
「父親はテッペイが生まれてすぐ離婚いたしまして…。」
「す、すみません。立ち入ったことをお聞きして。」
「いいんです。」
「でも手術は本人が嫌がっても親の了解があればできるでしょう?」
「法的にはそうなのですが、本人が納得せず嫌がっていると、手術もいい結果が出ないそうで…。」
「そうですか…難しいもんですね。で、テッペイ君は今どうしてます?」
「ダメージが回復するまで、病院に入院しています。早く家に帰りたいと言ってすねていますけど…。」
 しばらく倉庫の隅に咲く雑草の花を見ていたミカだが、ようやく顔を上げて哲平を見た。
「でも、最近のテッペイったら変なんですよ。」
「変?」
「『迫るー、ショッカー、地獄の軍団。我らをねらう黒い影。世界の平和を守るため〜。』なんてヘンテコリンな歌を繰り返して歌うようになって。」
 哲平は姿勢を正してミカに言った。
「清野さん、ヘンテコリンな歌だなんて言ったら、悪と戦うヒーローに失礼じゃないですか。」
 真顔で返す哲平を、ミカはキョトンとしながら見つめていた。

 まだ低い位置の太陽が、港湾の街に長い影を作る。達也はコンクリートに胡坐をかいて翔子の到着をまった。レッスンの朝は、目覚まし時計をセットしなくても起きることができる。もともと朝に弱い達也にしてみれば驚異的なことだった。大チャレンジを前に、緊張していることは確かだが、同じ大チャレンジでもかつて医学部へ受験の準備をしている時とは、だいぶ気持ちの在り方が異なっていた。
 バイクが楽しくてしかたがないのだ。バイクそのものに魅了されたのだと考えていたが、果たしてそれだけであろうか。その時は翔子とともにバイクに乗れることが楽しいのだということに気付けなかった。しかし今が楽しけばそれでいい。楽しさの理由を無理に分析する必要性はないのだ。