哲平は、姿勢を正して敬礼の挨拶をした。敬礼はしたものの、ミカから馴染みの無い上流階級の女性のオーラを感じて押され気味だ。言葉もなくもじもじと立っていると、ミカが口に細く美しい手をあてて笑い始めた。
「何がおかしいんです。」
少し抗議口調で言うと、ミカは顔に笑みをたっぷり浮かべて哲平に言った。
「ごめんなさい…うちの子どもとおんなじお名前だったのですね。」
いかん…。香りに酔い始めた脳下垂体に鞭打って、哲平は官の口調を取り戻す。
「それが…それがそんなに可笑しいですか。」
「いえ…今日はお礼に伺ったのに失礼しました。改めまして、先日はありがとうございました。」
しばらく記憶をたどった哲平は、乗務停止となった原因の母子を思い出した。
「…ああ、あの時の切符を切り損ねた…。」
「どうします?ここであらためて切符をお切りになりますか?」
ミカの笑顔が眩しかった。
「今となってはもう遅いですよ…。でも、よくここが解りましたね。」
哲平は倉庫のベンチを無造作に進めた。女性は埃にまみれたベンチを見て、座ることをちょっと躊躇したようだが、ハンドバックからハンカチを取り出すとベンチに敷いて腰掛けた。女性に対して、そんなちょっとした気遣いができないところが、哲平に彼女ができない理由の一つでもある。
「苦労しました。叔父が警察関係におりまして、助けてもらいました。あの時の件で、乗務禁止になっているそうですね。」
一介の警察官では調べられない。その叔父が警察でもそれなりの地位の人間であることは、哲平でも容易に想像できた。
「ええ、始末書と乗務禁止。普通は1カ月のところ情状酌量で1週間に短縮になりましたが…。」
「そうですか…本当に申し訳ないことを…」
だらだらと礼を言い続けられても難儀なので、ミカの言葉を遮って哲平は話題を変えた。
「ところで、お子さんの具合はどうですか。」
「テッペイは、生まれた時から心房中隔欠損という持病を持っていまして…。動脈と静脈を分けている心臓の中の壁に穴が開いている病気なんですが、それで時々呼吸困難や強い動悸に襲われることがあるのです。あの時は、お陰さまで対処が早く出来てダメージも少なくすみました」
「その病気は治らないんですか?」
「何がおかしいんです。」
少し抗議口調で言うと、ミカは顔に笑みをたっぷり浮かべて哲平に言った。
「ごめんなさい…うちの子どもとおんなじお名前だったのですね。」
いかん…。香りに酔い始めた脳下垂体に鞭打って、哲平は官の口調を取り戻す。
「それが…それがそんなに可笑しいですか。」
「いえ…今日はお礼に伺ったのに失礼しました。改めまして、先日はありがとうございました。」
しばらく記憶をたどった哲平は、乗務停止となった原因の母子を思い出した。
「…ああ、あの時の切符を切り損ねた…。」
「どうします?ここであらためて切符をお切りになりますか?」
ミカの笑顔が眩しかった。
「今となってはもう遅いですよ…。でも、よくここが解りましたね。」
哲平は倉庫のベンチを無造作に進めた。女性は埃にまみれたベンチを見て、座ることをちょっと躊躇したようだが、ハンドバックからハンカチを取り出すとベンチに敷いて腰掛けた。女性に対して、そんなちょっとした気遣いができないところが、哲平に彼女ができない理由の一つでもある。
「苦労しました。叔父が警察関係におりまして、助けてもらいました。あの時の件で、乗務禁止になっているそうですね。」
一介の警察官では調べられない。その叔父が警察でもそれなりの地位の人間であることは、哲平でも容易に想像できた。
「ええ、始末書と乗務禁止。普通は1カ月のところ情状酌量で1週間に短縮になりましたが…。」
「そうですか…本当に申し訳ないことを…」
だらだらと礼を言い続けられても難儀なので、ミカの言葉を遮って哲平は話題を変えた。
「ところで、お子さんの具合はどうですか。」
「テッペイは、生まれた時から心房中隔欠損という持病を持っていまして…。動脈と静脈を分けている心臓の中の壁に穴が開いている病気なんですが、それで時々呼吸困難や強い動悸に襲われることがあるのです。あの時は、お陰さまで対処が早く出来てダメージも少なくすみました」
「その病気は治らないんですか?」



