弾・丸・翔・子

 いきなり、大きなタイヤの摩擦音がしたかと思うと、大胆にも一台のセダンの高級車が右折ラインに並ぶ車を尻目に、直進ラインから急に右折展開した。指定区分通行違反。よりによって機嫌の悪い哲平の目の前で違反するとは不運な車だ。
『このやろう、ナメやがって…。』
 哲平はサイドスタンドを蹴りあげ、ミサイルが打ち出されたように飛び出すと、サイレンの音もけたたましくその車を追った。彼はアクセルグリップを絞りながら、できればあの車に、いじめがいのあるチンピラが乗ってたらいいと願った。そうすれば存分に憂さをはらせる。違反車は、サイレンの音にもスピードを緩めることが無かったが、彼のライディングテクニックを持ってすれば、追いつくのはたやすい。難なく違反車の後ろに着くと、左によって制止することを指示した。
「ちょっと乱暴な運転ですね。」
 車のパワーウィンドが緩やかに降りると、顔を出してきたのは、紫がかったサングラスをかけた女性だった。チンピラじゃなくてがっかりだ。ブランドで固めた身なりは、どことなく生来の品を感じさせる。どうも水商売と言うよりは、どこかの金持ちの奥様といったところだろうか。哲平が一番苦手とするタイプの人種だ。つんと上げた顎が、高飛車な性格を想わせるが、今哲平を見上げる表情がどことなく焦っていて不自然だ。哲平はこの車に麻薬か何か隠されているのではないかと警戒した。
「さっきの交差点で直進レーンから右折されましたね。免許証を拝見できますか。」
「助けてください…。」
 消え入るような声で助けを求める女性に、異常性を感じた哲平は思わず警棒に手を添えた。
「どうしたんです?」
「幼稚園に子どもを迎えに行ったら、急に胸を押さえて苦しがって…。」
 警棒から手を外し、見ると助手席にうずくまって呻く男の子が見えた。小さな手で胸を押さえて苦しそうに息をしている。唇が青かった。
「救急車をなぜ呼ばないんですか?」
「帰りの車の中で苦しみ始めたから、もう自分が運んだ方が早いと思って…。」
 確かに子どもの様子を見るとその苦しみようと顔の青さが、一分の無駄も許すべきではないことを物語っている。
「…で、どこに運ぶつもりなんです?」
「上田総合病院にこの子の主治医がいて…。」
「病院まで結構ありますよね。そこまで、そんな運転で行くつもりですか。」