弾・丸・翔・子

「人は倒れることが最悪だと思いがちね。倒れかかった車体を無理やり立て直すことが、より最悪な事態に自分を陥れていることに気付かない。大切なことは、倒れないことじゃない。倒れても立ちあがって、バイクを起こして修理して、そしてまた走り始められる力が残っている事なの。」
 翔子は達也に手を差しのばし、彼が立ちあがるのを助けた。
「金持ちの坊ちゃんには解りにくいかもしれないけど、要は、下手に借金を膨らませてうつ病になるより、はやく自己破産して生活再建したほうが良いってことかしら。」
「へっ?」
「倒れず上手く走る自信より、安全に倒れる自信を持つことの方が、ライダーを成長させるものなのよ。だから、倒れることを恐れず、恥じず、倒れ上手になりなさい。どんな状態で何処まで傾けば倒れるのか。その限界をからだで感じるの。バイクを動かすのはそれからよ。」
 そう言うと翔子は赤いヘルメットを被り、達也のBMWに乗ってエンジンをスタートさせた。
「今日のレッスンはここまで、あとは自習。」
「えっ、もう終わりですか?師匠。」
 すがる弟子にも目もくれず、翔子はクラッチを繋いで走り去ってしまった。
 バイクのライディングと借金に何の関係があるんだ…。残された達也は、禅問にも似た師匠の教えをいつまでも反芻していた。

 哲平は、バイクの白いボディを指で叩きながら、イラついていた。交差点での違反車監視の職務についている彼ではあるが、翔子のことが頭から離れない。翔子が男と付き合っていた。しかも、あろうことか相手はペケジェーである。
 生前、団長と飲んでる席で、もし俺になんかあったら翔子を頼むとまで言われた哲平が、今まで翔子にそれを言いださなかったのは訳がある。団長が言っていた『翔子の彼氏になる男は、翔子を守れる強い男でなければだめだ。』の言葉を忠実に守り、彼は警察官となって、彼女を守れる男として精進することを優先した。一人前の白バイ隊員になったあかつきには、団長から頼まれたことを翔子に告げようと考えていたのだ。それが、いきなり現れた男に翔子をかっさらわれてしまった。百歩譲っても、あいつは、翔子を守れるような男じゃない。あんな男と翔子が付き合うことを許したら、あの世で団長に合わす顔がない。