弾・丸・翔・子

 そして最後で最大の理由が、バイクの発明以来、それに乗りながら仕事ができることを最大の喜びとする人種が絶えないということだ。ある人達にとっては、バイクはそれほど魅力ある乗りものなのである。1日10時間以上、しかも毎日バイクに乗り続けても飽きない。荷物を受け取って目的地までシフトアップしながらアクセルを開くことに無条件に喜びを感じるような人々。単に仕事と言い切れない部分を持って、ライダーたちは荷物を運んでいる。
 さて、会社から持たされたビジネス携帯を胸ポケットに入れ、道路の縁石に腰掛けながら配送依頼メールを待つ翔子はどうなのだろうか。兄の影響でバイクに乗りはじめた翔子は、乗ったその日から自分にフィットしていると感じていた。まず、自由性がいい。狭い道も大きな車体に妨げられず、どこへでも自分の意思通りに行ける。しかも、ふたり乗車が許可されているとはいえ、他人がとうてい同乗する気になれない車体構造が良い。どんな孤独感もその自由には替え難かった。やはり彼女もこよなくバイクを愛するバイク馬鹿なのだ。
 だからと言って今の仕事を長々と続けるつもりはない。仕事はお金を貯めるための手段だ。お金を貯めて彼女は、バイクでアメリカ大陸を走ることを夢見ている。この大冒険の動機は、父とそして亡き兄を想ってのことではあったが、今の自分にとっては、それが生きる理由のひとつにもなっていた。短大を卒業してから、バイク便を中心にいろいろなバイトをしながらお金を貯め、ようやく冒険資金としての目処が立ってきた。出発はそう遠くない日となろう。叔母が持ってくる見合い話に、『こればっかりは…』と半ベソをかく理由がここにある。
 今日は休日だが、翔子は進んで稼働を引き受けた。出発の日を目指して、出来るだけ資金を確保しておきたいのだ。やがて、待望の配送依頼メールが配信されてきた。メールを確認してすばやく配送伝票を作成すると、iPadで位置を確認。バイクを走らせた。