弾・丸・翔・子

 女性ライダーは職員の勘違いに抵抗することを諦めた。伝票のサインを確認すると、礼をして次の荷物のためにバイクに戻ろうと足早に歩く。すると、驚いたことに達也が後をついて来たのだ。
「なにかご用でしょうか?」
 振り返った女性ライダーに、強い口調で問いかけられ、達也は思わずうつむいてしまった。少し怒ったような彼女の瞳を、正視して喋れないのはなぜなのか、自分でも不思議に思った。
「あの…。」
 ひとこと発して、その後を言い出さない達也に、彼女も焦れてきたようだ。
「わたし次の配送が待っているから、急がないと…。」
「自分は、上田達也といいます。」
「だから、なんでしょうか?」
「自分に…バイクを教えてもらえませんか?」
 達也からの突然な申し出に、女性ライダーも驚いたようだった。頭一つ背の高い彼が、背を丸めてものを頼む謙虚な姿勢に、一瞬心が緩んだがすぐに思い直す。考えてみれば、相手は金持ちのモテモテ坊ちゃんだ。頼む相手はいくらでもいるのに、初対面の自分にいきなりバイクを教わりたいなんて、変な下心があるに決まっている。
「ナンパの手口としては古過ぎると思いますよ。」
「いえ、そんなんじゃ…。」
「大丈夫、今のあなたならバイクが下手でも、充分モテますから…。」
 女性ライダーは、唖然と立ちすくむ達也を残して自分のバイクに戻ってしまった。

 数日後。翔子は眩しい陽ざしを手で遮りながら、愛車の横で配送依頼のメールを待っていた。翔子のようなスポットライダー(個人事業ライダー)にとって、バイク便の仕事は、毎日自分の船を出す漁に似ている。あくまでも個人事業としてバイク便会社と契約するライダーは、一本の配送でいくらの日銭商売。バイクという釣り船を街に浮かべ、焼ける陽ざしの日も、凍える雨の日も、針に魚が掛るのを待つように、配送の依頼がくるのをひたすら路上で待つ。さすがにボウズの日はないが、大漁なのか不漁なのか、その日の配送の依頼数はまちまちだ。