弾・丸・翔・子

 実際のところ、彼女はあの時そばにいた男性の顔などまったく憶えていなかった。ましてや白衣を着るような人種とは馴染みのない彼女は、連れだっていろいろ話しかけてくるこの男が多少面倒になっていた。
「リードを離したあなたが悪いと思いますけど…。」
「うっ、まいったな…。とにかく、お詫びに自分で出来ることでしたら何でもやりますから…。」
「別に…ちょっと…、今通り過ぎたドアに薬剤部って書いてありませんでした?」
「ああ、そうですね。済みません…通り越しちゃった…。」
 この人本当にこの病院の人かしら。もしかしたら、病院の関係者でもないのに、白衣を着て医師のふりをしているのかも…。女性ライダーの胸で警戒警報が鳴りはじめた。
「どうもありがとうございました。」
 とりあえず礼を言うと、女性ライダーは達也から離れて薬剤部の窓口に首を突っ込む。
「バイク便のセルートです。アルフレッサ様から荷物のお届けです。」
 中から薬剤部の女性職員が出来てきて荷物の確認を始めた。やがて職員はバイク便のライダーの後ろにぽつんと立っている達也に気付き、笑顔で声をかけた。
「あら、上田先生。今夜は当直ですか?」
「ええ、まあ…。」
 うつむいて答える達也。ああ、一応この病院のお医者さんなんだ…。そう確認できたものの、女性ライダーは、案内も終わって用が済んだのに後ろで待つ達也に、今度は少し薄気味悪さを感じるようになっていた。
「荷物の内容がよろしければ、ここにサインをお願いいたします。」
 配送伝票を薬剤部の職員に差し出しながら、女性ドライバーは小声で職員に囁く。
「あの…つかぬことをお聞きしますが…。」
「何?」
「後ろで立っている人は誰ですか?」
「上田先生よ。この病院の院長先生の次男坊。」
「へぇー。」
「イケメンでしょ。あなたも興味持った?」
「いえ、そんなわけじゃ…。」
「お金持ちだし、まだ独身だし、それに見ての通りイケメンだし。年頃のあなたが興味持つのも無理ないわね。」
「だから、そう言うわけじゃ…。」
「でも残念ながら、この病院の全独身女性が狙っているから、競争率は相当なものよ。」
「そうですか…ご忠告ありがとうございます。」