弾・丸・翔・子

 バイク屋の店員に笑顔で見送られる中、サイドスタンドを上げてギヤを入れクラッチを繋いだ瞬間、バイクはエンスト。右に出ようとハンドルを切っていたので、バランスを崩した。全身の力を込めて必死にこらえたが、とにかくこの255キロの車体は重い。バイクはゆっくりとダウン。つまり達也は店から一歩も出ずに、早々と立ちゴケの人となった。本来熟練しているはずの大型免許保持者。それが免許取りたてのビギナーだと露見してしまえば、恥ずかしさのあまり、達也の顔から火が噴いたのも当然のことだ。
 ヤマハXJRのリッターバイクは、倒れる際に変にこらえると、ハンドルのアングルの関係か、結果倒れた時にあの丈夫なはずのハンドルレバーが、地面にひっかかり湾曲してしまう。とにかくスタッフの力も借りてなんとかバイクを立ちあげると、その場で湾曲したクラッチレバーの交換。30センチも進まぬ前に第1回目の修理となった。1時間ほど待たされて、再度出初め式。
「大丈夫ですか?」
 最初の笑顔はどこへやら。今度はバイク屋の心配そうな言葉と顔で見送られながら、なんとかバイクは進み始めた。
 ご存じのようにバイクの教習に路上はない。実際に路上を走ると、教習所のコースとはまったく異次元であることに驚く。技術ではない、ハートがまったく違ってくるのだ。とにかく緊張のあまりハンドルを握る肩に力が入り過ぎなのか、小石ひとつ踏んでも、ハンドルを取られて恐怖を感じる。もしここでコケて隣の車を傷つけてしまったら…。もしここでコケて交差点の中央にバイクを横たえてしまったら、自分は起こせるのか…。つまりその恐怖とは、他の車両との交通事故ではなく、自分自身の失態に対する恐怖なのだ。
 それでいてリッターバイクの加速は半端じゃない。少し右手のグリップを絞るだけで、バイクは弾丸のように飛び出ていく。考えてみればXJRのエンジンは、当時2輪用空冷4気筒エンジンで世界最大の排気量である。車体1キロあたりの最大出力はコンマ417(PS/kg)。それに比べて4輪は、ポルシェ911ターボでさえコンマ378(PS/kg)。アクセルの開け方によってはポルシェをしのぐ勢いで飛び出すことができる。もっとも、今の達也にとってはまったく無縁の話だが…。
 急加速と急ブレーキ。停車の度にふらつく車体。こんな走行で湾岸道路を走っていれば、目立たない訳が無い。