弾・丸・翔・子

 しかし達也にしてみれば、ことの重大さを理解していて、事件が起きたその日に、兄が説明したことなどとっくに勉強済みなのだ。兄の努力と成果は父親が見えるところでおこなわれる。しかし達也は父が見ているところではしなかった。父親に対する反抗ではない。ただ自分がしていることを父親が気に入るかどうかわからないから見せられないのだ。自分が何をしたいのか、何をしているのかも言うことができないのは、彼が父親を恐れるが故であった。当然目に見え、耳に聞こえるものしか信じない父親は、達也の努力と成果に気付かないまま今日に至っている。
 最後に、院長の締めの言葉があり、会議は終了した。それぞれの診療室に向うドクター達。病院長が達也に声をかけた。
「達也、ちょっと来い。」
 達也は小さくため息をつくと、観念したように病院長の前に進んだ。
「先日の休日当直を替わってもらったそうだな。何処へ行ったんだ?」
「えっ、ああ…。」
 その日は大型自動2輪の実技検定だった。普通2輪の倍の苦労をして、やっと大型の免許検定も合格するができた。もちろんそんなことは父親には言えない。
「友達の家族の法事で…。」
「それに、母さんから聞いたが、この前ふくらはぎに、火傷して帰って来たそうだな。」
 軽い火傷だったが、達也が誤ってマフラーに足を付けてしまってできたものだ。これにはなかなか言い訳が思いつかず、返事のしようが無い。
「一体お前は何をやっているんだ?」
 相変わらず答えを言いよどむ達也に、父親がついにキレた。
「自分の好き勝手ばかりしていないで、少しは兄を見習って、地域医療に貢献できるよう努力したらどうだ。」
 院長はそう言って席を蹴って会議室から出ていってしまった。反論もせず、言い訳もせず、達也は黙って父親の言葉を受入れていた。

「だからさ、副長。あの時は俺も若かったわけで…。」
 酔いが回ったのか、次郎は排気ガスよけに使っているライムグリーンのバンダナで鉢巻をして盛んに言い訳をしていた。今日は、仕事終わりに待ち合わせた哲平と居酒屋で飲んでいるのだ。
「理由になるか。相手の団長の女に手を出しやがって。」
「…ですね。今考えると、よくうちの団長は、自分を庇ってくれましたよね。」
「ああ、…。俺も団長の命令とは言え、ケンカに付き合わされていい迷惑だ。」
「大変失礼いたしました。」