あまりにも輝く黒。ワックスで磨きあげられたそのステーションワゴンは、黒いボディーだというのに街路樹が写り込む。それは、車を大切にするというよりは、一点の汚れも許さない神経質なオーナー象徴である。確かに、この車を運転するドライバーは、ハンドルを握っている時は常に腹を立てていた。特に、ゴキブリのように車両の間をすり抜けていくバイクには腹が立った。この日も、信号待ちの間にすり抜けてきた小型2輪が、サイドミラーに軽く接触すると、激怒のあまり持っていた小さな瓶をその場で投げつけたくなる衝動に強くかられた。ようやくの思いで、自分を押しとどめられたのも、それがこれから必要なものであったに他ならない。
「バイク野郎、GD吸って死んでしまえ…。」
 彼は残忍に口元をゆがめると、バイクのライダーの背に向って中指を立てた。

 自動車教習所のロビー。達也は自分の検定試験の結果を待ってベンチに腰かけていた。今日は普通2輪車の検定を受けたのだ。達也はすでに普通自動車免許は持っていたので、実技さえ合格すれば学科試験は受ける必要が無い。検定の結果を待ちながら、ここ迄の長い道のりが自然と思い返された。
 学科は1時間、技能は17時間。医師である達也は、病院での忙しい勤務と父親の厳しい監視の眼を盗んで、教習に時間を割くことに多難を極めた。加えて、父親に医学部を目指す勉強ばかりさせられて、学生時代での運動不足がたたり中途半端な運動神経と肉体しか持っていない。当然身体を動かす実技はかなり厳しいものとなった。『直進狭路』『坂道発進』『スラローム』『急制動』。たかがエンジンで動く自転車だろう。そう軽く考えていたのだが、実際100キロを超える車体をアクセルとブレーキで取りまわす段になってみると、自分の浅はかさを思い知った。