オキクの復讐

「オキクとずっと一緒に居たい。今も心が狂おしいほどオキクを求めている。なのに、相変わらず体が反応しないんだ。つまりそれは、いくらオキクを愛していても、オキクに恋人や妻や母になる女の幸せを与えてあげることができないということなのさ。それが…それが本当に悔しくて仕方がない。生きている意味がないとさえ思えるよ。」
 泰佑は、希久美を軽々と抱き上げて、ベッドに寝かせ希久美の髪に触れた。
「今日は振りでも本当に嬉しかった。たった1日だったけどオキクと恋人になれた。しかも、今日は人生で初めて涙を流した記念すべき日になったものね。まあ、初めて会ったその日からオキクにいじめられ続けて、いつか泣かされるんじゃないかと予想はしていたけどね。ありがとう。」
 泰佑はそう言い残すと静かに部屋を出て行った。
『なに?なに?なに?なんなのこの展開?どういうこと?だからなんなの?』
 ベッドに取り残された希久美の頭が混乱する。今日は夜明けからいろいろなことがあり過ぎた。ほほに涙が跡をつけたまま泰佑が去った後、希久美は嬉しくもないし、悲しくもない。なにも感じられない。もう何ひとつ考えることができない。希久美はベッドの毛布を被り、とにかく寝ることにした。

 今日の女子会は、なぜか和食で日本酒の気分だ。だから、希久美は、ナミとテレサを銀座一丁目にある日本料理屋に招集した。テレビなどでブームになる前から宮崎の名物『冷汁』をメニューに加えていたところメディアで紹介され、「冷汁の岩戸」として人気を博した店だ。もちろん冷汁だけではなく、築地の河岸で良い海鮮素材が安く仕入れられるため、その時期の一番を低価格で提供してくれる家庭的な店である。女子会は、いつも騒がしい乾杯から始まるのが常だ。しかし今日の希久美の声には、いつもの張りが無かった。ナミが心配して言った。
「どうしたの、復讐が成就したというのに、なんか元気ないわね。」
「まあ、明日のジョーじゃないけど、試合が終わって今はまだ真っ白って感じかしら…。」
「でも、考えてみたら、石津先輩は、オキクをほったらかして大学に行った時からすでに、オキクの復讐を受けていたってことね。」
 テレサがお通しに箸をつけながらナミの言葉に続いた。
「いわば今回の復讐は、瀕死の病人に鞭を打ったって感じかな?」