オキクの復讐

「泰佑がおとなしくしてれば、そんなことしないわよ。さあ、出発しましょ。」
 希久美は早速泰佑の腕を取り車に乗り込んだ。泰佑は、マクドナルドのドライブスルーで買ったコーヒーを、おそるおそる助手席にすわる希久美に渡す。希久美は、差し出す泰佑の手を両手で包みながらカップを受け取り、甘い声で言った。
「気が利くわね。ありがと、タ・イ・ス・ケ」
 初めて聞く希久美の甘いトーンの声に、泰佑の総身に鳥肌が立つ。泰佑は、まとわりつく希久美の声を振り払うように、とにかくアクセルを踏んだ。
 最初の希久美の指定は、レインボーブリッジだった。休日の夜明け前、さすがに車がまばらな道を軽快に飛ばす。
「ちょっと、飛ばし過ぎよ。」
「そんなに乱暴な運転はしてないけど…。」
「ちょっとここで止めて!」
「なんでこんなところで?」
「これじゃ、早く着きすぎちゃうのよ。」
「時間調整?なぜ?」
 希久美は何も答えない。仕方が無いので泰佑はシートを倒して目をつぶる。慢性的な睡眠不足の泰佑に心地よい睡眠の入口が見え始めた頃、無情にも希久美は彼をたたき起こす。
「泰佑、起きなさい!今よ!」
 寝込みを襲われた泰佑は、希久美の指示にわけもわからず車をスタートさせた。そして、ちょうどレインボーブリッジにさしかかった頃、日の出が始まった。朝日を反射させてまばゆく光る東京湾。朝日に照らされて、長い影を落とす高層ビルの群れ。
「うわぁー、やっぱり綺麗よね。」
 希久美は紅潮した頬を車窓からの風にさらしながら、一心に景色を眺めている。
「オキクの時間調整の目的はこれか…。」
 泰佑は眩しい朝日で逆光になり、シルエットでしか見えない彼女の後ろ姿を見ながら、希久美の長いまつ毛が風に揺れてきらきらと輝いてる様を想像した。
 朝食は、徐々に明るくなっていく台場海浜公園のオールナイトカフェで摂った。希久美は泰佑の横の席に座る。ふたりは黙って、朝が始まり、街が目覚めていく様子を眺めていたが、やがて希久美が自分の頭を泰佑の肩にのせた。希久美の髪が、泰佑の頬に当たった。
「わたし、世の中に平等なんて存在しないものと思ってたのよ。」
 泰佑は黙って、希久美の髪の香りを吸い込みながら、街の朝に見入っていた。