オキクの復讐

 石嶋の配慮で、公園のベンチで一休み。石嶋はベンチのそばの砂場で遊んでいるユカを見守っている。ナミはそんな石嶋を見ながら、改めて自分の今の状況を考えてみた。目が覚めた時に自分のベッドの中に自分以外の誰かがいる朝。目覚めの直後に、コーヒーの湯気につつまれた男の顔に迎えられる朝。こんな朝は、未だかつて経験したことが無い。そしてなにより、休日の朝に、朝日に反射して光る石嶋の顔をひとり占めできることが、何と言っても嬉しかった。そう、夢のようだ。
「ごめんなさい。かえって足手まといになっちゃって…。」
「いいえ、とんでもない。ナミ先生のおかげで、初めてあんなに楽しそうに歩くユカを見ました。」
 ユカが嬉しそうに石嶋とナミに手を振る。ナミも笑顔で応えた。
「ところでヒロパパ。ゆうべはなんで私がいるところがわかったの。」
「えっ、それも覚えてないんですか?メールくれたじゃないですか。」
 自分は打った覚えが無い。テレサの奴めやりやがったな…。あんな話をしたもんだから、テレサが気をきかしたのだろう。でもこんな状況を作ってくれても、付き合っている人がいる男相手に、いい大人がコクルなんて出来るわけがない。
「さあ、ナミ先生。この後はスーパーに買い物ですが、歩けますか。おなかも空いたし、朝ご飯を買って家で食べましょう。」
 そう言いながらナミを見た石嶋の笑顔が、輝いていた。石嶋がベンチから立ちあがる。ナミはその姿をベンチから見上げた。長身でありながらバランスのとれた体躯は、ナミにあらためて男のセクシーな美しさを感じさせる。ナミは考えた。でももしかしたら、たった一日だけなら夢をみることが許されるかもしれない。
「あの…。ご迷惑をかけたお詫びに朝ご飯は私が作ります。」
「いいんですか?楽しみだな。」
「それから…。ヒロパパはハングル語をご存知ですか?」
「いえ、さっぱりわかりませんが。なんでですか?」
「スーパーで朝からヒロパパ、ナミ先生って名前を呼び合うのも変ですから、今日だけ、お互い『ヨボ』って言い合うことにしません。」
「どういう意味なんですか?」
 ナミは顔を赤らめながら答えた。
「まあ、英語の『ユー』みたいなもんです…。」