オキクの復讐

 希久美が呆れて泰佑に言うも、泰佑はやめようとしない。やっとのことで折ったトンボの柄を希久美の前に投げ出した。ひと仕事終えた泰佑は肩で息をしながら、希久美に言った。
「いつから青沼希久美になったんだ。」
「泰佑には関係ないわ。」
「どおりで探しても見つからないわけだ。おまけに死んだなんて嘘言いやがって。」
「私は嘘を言ってないわよ。」
「じゃあ俺が夢で会った幽霊の菊江は誰なんだ。」
 希久美はそっぽを向いて返事をしなかった。
「まあ、そんなことはどうでもいい。ほら菊江、その棒で俺を殴れ。俺が憎くてしょうがないんだろう。」
「そんなことしない。そんなことしても許さないし、あんたなんか叩く価値もないわ。」
「俺だって許されようと思っていない。だから菊江の手で俺を一回殺して、一緒に成仏してくれ。」
「何バカなこと言ってるの。」
「そうでもしないとオキクと始められない。」
「そんな都合のいいこと言ってんじゃないわよ。」
 しばらくふたりは棒を間に睨みあっていた。やがて、泰佑が両手をズボンのポケットに突っ込んで話し始める。
「おい菊江、お前渋谷の待ち合わせ場所で初めて俺に抱かれた時のこと憶えているか?」
 希久美のこめかみの血管がピクリと動いた。
「なんだかんだ言っても、幸せそうな顔してたよな。でも、その時俺は別なことを考えていたって話したっけ?」
 ついに希久美が切れた。棒きれを掴むと泰佑の首筋めがけて振りおろしたのだ。泰佑はよけなかった。当たった首筋が、赤く腫れた。それでも泰佑は話し続ける。
「ラブホテルへ行く途中も、ひっぱっていたはずの俺が知らぬ間にお前に追い抜かれてたよな。」
 今度は、棒を泰佑の頭に振りおろした。希久美の顔は怒りで真っ赤になっていた。泰佑の額にひとすじ血が流れた。
「そうだ。ラブホテルに入る時に顔を見られたくないなんて言って、両手で顔を隠した。だから前が見えなくて、ドアにぶつかってたのを思い出したよ。」
 希久美は棒を横に払う。棒は泰佑の肘に的中して鈍い音がした。骨がなんとかなったようだ。
「入口で部屋の写真見ながら、あれもいい、これもいいって…。お前なかなか入る部屋を決められなかったよな。」
 希久美は泰佑の胸を突いた。咳き込んで泰佑の顔がゆがむ。