オキクの復讐

 ユカが枕の下から、ゴムチューブにつながった紙コップを取り出すと、片方を耳に当て、そしてもう片方を石嶋に向けた。どうも聴診器らしい。
「すごいな、手作りか?ユカもお医者さんになるのか?」
 ユカがうなずいた。
「それじゃ折角だから、診てもらおうかな…。」
 石嶋は分厚い胸をユカに差し出し、ユカはパジャマの上から手作り聴診器を胸にあてた。
「なあ、ユカ。ヒロパパの心臓の音が聞こえるかい?」
 ユカは首をかしげている。石嶋はそんなユカの仕草が可愛くて仕方がなかった。
「もし聞こえたら、ヒロパパの心臓が、何と言っているか教えてくれないか。」
 ユカは胸をあきらめて、今度は石嶋の左手を取った。脈を採っているようだが、手を添える位置が全然ずれている。
「ユカはよく知ってるなぁ。そこでも心臓の音が聞こえるんだよね。聞こえるかい?」
 今度はユカが笑顔になって力強くうなずいた。そして、石嶋の左手首にゴムのリボンをはめたのだ。石嶋はそれがなんであるか憶えていた。ナミ先生がユカに買ってくれたシュシュだったのだ。

 ふろ上がりの泰佑は、石嶋と同じ月を見ながら缶ビールを飲んでいた。退院以来、忙しい毎日が続いていた。しかし、入院前とは違うさわやかな忙しさだった。今までゆっくりあの夜を考える暇もなかったな。明るい月に菊江のシルエットを重ねながら、あの夜の夢を思い出していた。
「それにしても高校生じゃあるまいし、女の子を抱いている夢をみるなんて、俺もガキだよな。」
 醒めないでくれと願っても、醒めてしまうのが夢だ。正直、朝病院のベッドの上でひとり目覚めた時は、どうしようもない虚脱感を感じた。鮮明に覚えている分だけ、目覚めた時のショックも大きかった。しかし、退院して病院を出た時、妙に身体が軽く感じられたのも事実だ。よくわからないが、何かが変わったような気がしていた。
 泰佑は男として、菊江の身体を愛し、そして希久美の心を愛することができた。でも、男として身体でも心でも愛することができる女性なんて本当に居るのかなぁ。そう思いながらも、疑問に思うこと自体が、自分にとっては大きな変化だと泰佑は気付いた。疑問は常に可能性のかけ橋なのだ。