「でも、人間のやることでもあるから、わずかな証拠を残す時もありますよ。完全犯罪に挑む名探偵のように、そのわずかな証拠を見逃さず、そして解読できれば、もしかしたらわかるかもしれませんね。」
「そうですか…。でもシャーロック・ホームズじゃあるまいし、自分にはできそうにありません。」
ふたりの会話が途切れた。
希久美は、泰佑とシェラトンホテルで別れた日から何日も、モヤモヤとした日々を過ごしていた。そのモヤモヤ感は、日を追うごとに膨らんでいく。この前ミチエと会ったことが、さらに胸のわだかまりを大きいものにしていた。期待もしていないが、泰佑からも連絡が無い。泰佑のオフィスは渋谷の岸記念体育館の中にあるので、偶然に出会う奇跡などあろうはずもない。えっ、今私なんて言った?泰佑に会いたいの?石嶋と食事しながらもそんな自問自答を繰り返していた。今度は希久美が石嶋に問いを発する。
「石嶋さん。質問があるんですが…。」
「はい、なんでしょう。」
「男性が、寝食を忘れ、体を壊すこともいとわず、狂ったように仕事をするのはどんな時でしょうか?」
石嶋は、黙って希久美を見つめた。質問の意味を整理しているようだった。やがて話し始める。
「自分のため、恋人のため、家族のため、会社のため、社会のため。理由はいろいろあるでしょうが、正直なところそんな使命感で狂ったようには仕事できません。だぶん、それは自分への絶望感でしょう。自分自身の絶望感から逃避したいんです。きっとその結末には、いいことなんかありませんよ。」
石嶋との食事を終えた数日後、仕事中の希久美の携帯に、ナミの電話番号が表示される。
「なに?」
「余計な話だと思うけど、石津先輩がさっきうちの病院に救急搬送されてきたわよ。」
石嶋の答えが現実のものとなった。
希久美が病院に駆けつけた時、泰佑は相部屋の病室のベッドで点滴を受けながら寝ていた。そばにミチエが付き添い心配そうに泰佑を見守っている。顔見知りである希久美に気付いたミチエは、安心してすこし顔を明るくして声をあげた。
「青沼さん。来て下さったの。」
「おばあちゃん。泰佑はどうですか?」
「今は落ち着いて寝ているけど、さっき気がついた時は、これから仕事へいくんだと大騒ぎだったのよ。」
「そうですか…。でもシャーロック・ホームズじゃあるまいし、自分にはできそうにありません。」
ふたりの会話が途切れた。
希久美は、泰佑とシェラトンホテルで別れた日から何日も、モヤモヤとした日々を過ごしていた。そのモヤモヤ感は、日を追うごとに膨らんでいく。この前ミチエと会ったことが、さらに胸のわだかまりを大きいものにしていた。期待もしていないが、泰佑からも連絡が無い。泰佑のオフィスは渋谷の岸記念体育館の中にあるので、偶然に出会う奇跡などあろうはずもない。えっ、今私なんて言った?泰佑に会いたいの?石嶋と食事しながらもそんな自問自答を繰り返していた。今度は希久美が石嶋に問いを発する。
「石嶋さん。質問があるんですが…。」
「はい、なんでしょう。」
「男性が、寝食を忘れ、体を壊すこともいとわず、狂ったように仕事をするのはどんな時でしょうか?」
石嶋は、黙って希久美を見つめた。質問の意味を整理しているようだった。やがて話し始める。
「自分のため、恋人のため、家族のため、会社のため、社会のため。理由はいろいろあるでしょうが、正直なところそんな使命感で狂ったようには仕事できません。だぶん、それは自分への絶望感でしょう。自分自身の絶望感から逃避したいんです。きっとその結末には、いいことなんかありませんよ。」
石嶋との食事を終えた数日後、仕事中の希久美の携帯に、ナミの電話番号が表示される。
「なに?」
「余計な話だと思うけど、石津先輩がさっきうちの病院に救急搬送されてきたわよ。」
石嶋の答えが現実のものとなった。
希久美が病院に駆けつけた時、泰佑は相部屋の病室のベッドで点滴を受けながら寝ていた。そばにミチエが付き添い心配そうに泰佑を見守っている。顔見知りである希久美に気付いたミチエは、安心してすこし顔を明るくして声をあげた。
「青沼さん。来て下さったの。」
「おばあちゃん。泰佑はどうですか?」
「今は落ち着いて寝ているけど、さっき気がついた時は、これから仕事へいくんだと大騒ぎだったのよ。」



