凪の海

「ああ、お母さん。これ、泰滋さんがお土産にお持ちいただいた京都のお漬物です。」
 唖然として箸も動かない自分の家族を気遣って、ミチエが盛んに話しかけた。
「朝食にはちょうどいい。どうぞみなさん京都の錦市場で買ってきた漬物ですが、味わってみてください。」
 泰滋が勧めても、なかなか手を付けない家族。
「お兄ちゃん、食べなさいよ。せっかく頂いたのに失礼よ。」
 ミチエに促されて、ついに長兄が動く。いつものように、漬物に乱暴に醤油をかけようとした長兄。それを見た泰滋が慌てて長兄を制した。
「ちょっと、待っておくれやす。お兄はん。」
「おにいはん?」
「京の漬物には、醤油はあじないですわ。そのまま、たべなあきまへんて。」
 慌てたせいか、泰滋から出てきたベタベタな京都弁に、家族全員の動きが一瞬止まる。そして顔を見合わせると、どっと笑い出した。
「わたし…なにか変なこと言いました?」
 いぶかしがる泰滋に、ミチエが笑いを噛み殺しながら言った。
「違うんですよ。泰滋さん。みんな、本物の京都弁を初めて聴くものだから、感動してるんです。」
 動機はともかく、泰滋がミチエの家族に受け入れられた瞬間である。決して京都弁の奇異を笑ったのではなく、泰滋がその本性を見せた気安さが、好ましく家族に伝わったのだ。これから先は、もはや宇津木家の一員のように自然に食卓に溶け込んで、みんなとともに朝食を楽しんだ。ミチエはそんな泰滋を見ながら、この男が、ひどく図々しいのか、それとも類まれなる順応性と包容力の持ち主なのか、はかりかねていた。

 朝食の後片付けを終えて、ミチエが台所から戻ると、泰滋は堀ごたつに横になり腕枕でぐっすりと寝込んでいた。この男は、いったい何時に家を出てきたのか…。夜明け前とか言っていたから、眠いのも当たり前だろう。しかし、初めて訪問した他人の家の堀ごたつで、こうもすやすやと眠れるものなのだろうか。