凪の海

 河川敷に立つ松の幹に寄りかかり、遥か川面を、若干薄目にしたすずしい眼差しで望む。いくらみんながポーズを注文しても、友達に委ねた自分のカメラの扱いが気になって、ついカメラを見てしまう。友達がふざけてカメラを落とす真似をしたら、泰滋は本気で気絶しそうになった。夏も間近なのに、肌の露出は野暮ったいと、長袖のシャツとVネックのセーターを着込まされて、撮影が終了した時には、もう汗ぐっしょり。もちろんプロジェクト打ち上げのビール代は、泰滋が出した。
 現像、焼き付けは泰滋の個人作業。現像液にひたす時間を若干短めにして、写真全体の雰囲気をソフトに仕上げる…。かくして、入魂のポートレイトが完成したのである。

 いつもより長めの間が開いて、泰滋からの手紙がミチエの手に届いた。硬い封筒の感触に、ミチエの期待が膨らむ。封筒を開けると、果たして中には日活のフレッシュ男優のブロマイドの様なクオリティで、若者が眩しく写っていたのだ。
『先日新聞部の取材先で、余ったフィルムでついでに撮った写真を送ります。』
 手紙にはそう書かれていた。ついで…もちろん読者は、そうではないことをご存知であろう。失礼ながら、写真は実物以上の見栄えを呈している。それができるだけの準備と設備と技術が泰滋にはあったのだ。
 そんな写真とはつゆしらず、初めて泰滋を見たミチエの印象は、『なんて優しそうな人なのであろうか…。』である。写真の中に居る青年は、ミチエにとっては、『忍ババ』に詰め寄った時以来、心に描いていた男性への期待を遥かに上回っていた。男と言えば、武骨な兄やバスケのコーチしか知らないミチエは、知的で繊細で、かつ柔らかな眼差しを持つ青年に、知らずと顔が上気した。この写真は、ミチエに生涯肌身離さず持たれたのだから、泰滋にしてみればビール代に大枚をはたいた価値はあったのかもしれない。
 泰滋の手紙は、こう締めくくられていた。
『ミチエさんの写真も送ってください。泰滋より』
 桜色に上気していたミチエの顔が青ざめる。えっ、私の写真!さて困ったどうしよう…。ミチエには泰滋が持っているようなカメラや資材はなく、あらためて撮影することなど出来ない。
 ミチエは机の中を漁って、適当な写真があるかどうか探した。

 京都の泰滋は、ミチエから送られてきた手紙を手につぶやく。
「本当に、面白い子やな…。」