凪の海

 観光バスによる嵐山見物から戻った千葉女子高の一行は、旅館に帰ってくると、部屋にも戻らず食堂に集合した。若い彼女達だ。身なりを整えるより、まず飢えたお腹を満たすことが優先される。引率の先生の号令で、彼女たちは一斉に食事にかぶりつく。食器の音、談笑の声、牛乳を取り合う生徒たちの嬌声。食堂は阿鼻叫喚の谷と化している。仲良し4人組もしっかりと阿鼻叫喚の一翼を担っているのだが、ミチエのノリだけ少しテンションが低い。アオキャンが、そんなミチエの様子に気づいた。
「どうしたのみっちゃん。元気ないわね。」
「べつに…。」
 ミチエが軽く受け流すが、感の良いオダチンもそんなミチエの様子を見逃すはずがない。
「みっちゃんは文通相手に会えなかったのが、残念なのよね。」
「べつに、そんなことないわよ。」
「せっかく焼きハマグリ持ってきたのにね。」
 アッチャンがミチエいじりに参加して来た。
「でも、失礼よね。1カ月も前からお知らせしているのに、来ないなんて…。」
「用事があるなら、仕方ないじゃない。」
「あらあら、みっちゃんらしからぬ殊勝なお言葉。」
「京都の風に吹かれているうちに、舞妓さんに変身しちゃったのかしら」
 忙しく箸を動かしながらも、3人娘のみっちゃんいじりは果てしなく続く。
「おい、そこの4人。」
 仲良し4人組の箸が止まった。知らぬうちに担任教師が彼女達のテーブルの脇に立っていたのだ。この担任教師は気配をさせずに近づくことから『忍ババ』というあだ名を持っている。
「お前達、行動計画書になかったけど、昨日の自由見学の時間に、同志社の男子学生と会ってたのか?」
 『忍ババ』の思わぬ指摘に、4人の背筋がピンと伸びる。食事どころではなくなってきた。
「どうしてそれを…。」
 アオキャンの疑問に『忍ババ』は顎を上げて自慢げに答える
「今日、旅館に宇津木を訪ねて大学生が来たわよ。土産のお礼だと言って、これを持ってね。」
 阿闍梨餅の包みをテーブルの上に置くと、ミチエが席から飛び上がった。
「えっ、なんて言う名前の人です?」
「たしか、石津とかなんとか…。」
「どんな人でした。背の高さは?痩せてました?太ってました?」
「いや、背はそんなに大きくなかったけど、中肉中背の、軽快な感じで…。」
「顔は…ハンサムでした?」
「ハンサムと言えば、ハンサムかもしれないが…。」