凪の海

 材木商でもない汀怜奈がなぜこんなことが解るのかと言えば、この木材は古くから高級な家具や屋内装飾材に使われる他、楽器材、特にギターの最高級材とされていたのだ。世界的な銘木で希少性が高く、現在ワシントン条約で絶滅危惧種に指定され、新たな伐採が禁止されるとともに、この木材の輸出入も禁止になっている。
 この板をさらによく見ると文字が書いてあるようだ。汀怜奈は、もしかしたら、この板には『御魂声』につながる重要なヒントが書かれているのではないかと直感した。墨で書かれていてほとんどが消えかかっているが、汀怜奈はなんとか判読しようと試みた。
『御魂声…染みわたる…』
 かすれた文字の中から読み取れるのはここまでだ。そこから先は木片が裂けていて判読できない。たしかに、ここで心に響く『声』の出る楽器を作っていたのは間違いない。しかし…。
「だから…、何なんでございますか?」
 ここへ来ても『ヴォイス』と出会うことでのできない汀怜奈は、胸がかきむしられる様な焦燥感に苛まれた。
 おばあちゃんと共に家に戻った汀怜奈は、そこで作ったギターがどうなったかを家の人々にも聞いたが、みな知らないと首を振るだけである。残念ではあるが、『御魂声』を求める汀怜奈の旅もここで終わらざるを得なかった。
 主婦とおばあちゃんに深く礼を言って辞した汀怜奈。夕日に照らされたその姿は、プライドが高く毅然とした姿勢を崩さない彼女には、似つかわしくない影を路面に落としている。しかしいつものように、頭を上げ、胸を張って歩く気にはなれなかった。

 ホテルに戻った汀怜奈は久しぶりにスマホの電源を入れた。確認すると、両親から恐ろしい数の着信が入っている。本当に心配をかけてしまった。とはいえ、しゃべる気にもなれなかった汀怜奈は『明日帰ります。』とだけ母親にメールを打った。
 ベッドに入ると、いつも通り枕を膝の間にはさみ、布団を被った。汀怜奈は抱き枕が無いと寝つけないのだ。しかし、今夜は、抱き枕があっても効果が無い。汀怜奈の寝つけない頭の中に、何度もロドリーゴ氏の言葉がこだまする。首を横に振りながら掛け布団を頭まで被った。
「『ヴォイス』の正体がわかりません。ロドリーゴ先生。『ヴォイス』を持ったギタリスタになるなんて…、到底私には無理でございます。」