凪の海

 加工。ここからは、職人技の発揮できる工程である。木材を切断し、削り、各パーツに仕上げていく。特に、ヒールからネックの部分を削って、日本人に最も弾き易い厚さにするなど、弾き易さを左右する重要な部分は全て手作業で行っている。とはいえ橋本ギター工房は、4人ほどの職人が立ちはたらく小さな工房だ。泰滋の目から見ても、手分けをして各パーツをあらかじめ削りあげ、それをまた手分けをして組み上げていけば、経費効率も良く生産性も上がると思うのだが、橋本師匠はそれを許さなかった。各パーツは、ギターを組む人間が、自らの手で削りあげて作る。1台のギターを複数の職人の手によって加工されることが、橋本ギターのポリシーに合わないということらしい。素人の泰滋にはそうあるべき理由が良くわからなかった。
 加工の圧巻は、ボディの側面を構成する板を型にはめ込み熱で曲げる工程である。もともと、学徒動員で木の飛行機のパーツを作っていた泰滋であるので、木加工についての基礎知識は持っている。しかし、頑固に乾燥させた側板が折れもせず、なんでこんなに繊細な曲線を描き、そして形を維持できるのか、何度見ても興味が尽きなかった。
 組立。職人の手によって準備されたパーツがいよいよ組み立てられる。組立といっても、基本的にはニカワの糊付けである。ニカワを着けて万力等で力を加え圧着させる。ひとつのパーツが圧着されニカワが乾燥するのに一週間はかかる。すべてのパーツが組み上がるのにどれほどの日数が必要なのかは、容易に想像できるだろう。
 組立での重要なポイントのひとつに、トップ板の裏側に『力木』を接着させる工程がある。『力木』はその材質・形状・配置により音質を左右する重要な部材である。橋本ギター工房では、橋本師匠が私財を投げ打ってスペインに修行に行き、苦労の末に得たスペインの伝統的な配置を採用していた。
 塗装。組みあがってニカワの乾いたギターは次の段階へ進む。表面を磨いて塗装面を均一にならし、艶も出すようにするのだ。そして、そこに塗装を施すことになる。塗装は完成品をきれいに見せることと木の表面を保護することが役目であると、木工の世界では言われているが、楽器には見栄えなどの他に『音』という一番大切なことがある。実は、この塗装はその音に大変影響を与えるのだそうだ。