凪の海

 泰滋は、小さなヤスエの背中を見守りながら、家長としてこのあとヤスエやママをどのように守っていったらいいのだろうかと思い悩んだ。ミチエは、自分が働くから今はとにかく養生して元気な体を取り戻して欲しいと、逞しい笑顔で自分を励ましてくれる。だからといって、いつまでもそれに甘えているわけにはいかないのだ。
 何ものにも優先してまず家族の幸せを考えなければならない。それが自分の務めだ。それを果たすことが家長としてのプライドでもあり、プレッシャーでもある。泰滋はふと自分の父親を思った。自分の父親も家長として、こんな想いを抱いて自分や家族を見ていたのだろうか。
 果たして父親が描く自分の幸せと自分自身が考える自身の幸せは、必ずしも一致はしないものだが、自分の幸せを考えてくれていることには変わりがなく、それに対しては感謝してもしきれないはずなのに…。事あるごとに難癖をつけて、父に反発していた自分が恥ずかしい。今更だが、今度機会があれば父とゆっくり一献を交わすべきだろうが…。そう思う反面、実際に顔を見たら、気恥ずかしい思いでそうは切り出せないだろうことも感じていた。

 泰滋がヤスエに導かれての散歩から帰ると、ミチエがもう帰宅していてせっせと夕飯の支度をしていた。
「最近ヤスエと良く散歩に出かけるけど、どこへ行ってるの?」
 足が折りたたみ式の木製のちゃぶ台に、食器を並べながら、4畳半の次の間でヤスエと戯れる泰滋にミチエが聞いた。
「ヤスエに聞いてくれ。僕はヤスエがいきたいところについて行っているだけだから。」
「あら、散歩もヤスエ任せなの…パパの主体性はどこへ行ってしまったのかしら。」
 泰滋は返事もしなかった。そんな彼を見て、ミチエが言葉をつなげる。
「養生することは大事だけど、何もするなというわけでもないでしょう。」
 妙な後ろめたさがあるせいか、ミチエの気遣いの言葉も、自分を責めているように聞こえた泰滋は、魚の骨が喉に刺さったいるような気分になった。
「さあ、食事の支度ができたから、食べましょう。」
 ミチエに促されて、泰滋がちゃぶ台の前にあぐらをかく。あぐらの上には、ヤスエがちょこんと座ってニコニコ笑っていた。ヤスエの笑顔に癒されて、泰滋の気分も取り直したようだ。
「毎晩、市場の惣菜の売れ残りで申し訳ないけど…。」
 すまなそうにちゃぶ台の上に惣菜を並べるミチエ。