「そうなの…。」
佑樹の胸が締めつけられた。そんな動揺を隠すように、彼はいそいそと水差しの盆にこぼれた水を拭う。
「ところでな…佑樹。」
「なあに、じいちゃん。」
「師匠とのギターの練習はやめたのか?」
「えっ、なんで。」
「最近、お前や師匠の弾くギターの音が聞こえない。」
「や、やだなぁ。聞こえてたの…下手くそなのに…。」
「お前の部屋からこぼれてくるギターの音を耳にするとな…ああ、わしは今起きている。まだ生きているんだ…と思えてな。」
佑樹はどう返事を返していいかわからなかった。
「なあ、佑樹、お願いがあるんだが…。」
「なんだよ。じいちゃんあらたまって…。」
「一曲でいいからお前のギター演奏を、聴かせてはもらえないか。」
「えー、俺まだ下手くそで、人前で弾くなんてレベルじゃないよ。」
「いいんだ。」
「…ましてや一曲通してなんて…まだ無理だよ。」
「それでもいいんだ。わしももう長くない。しかも、一日で意識がはっきりしている時間も少なくなった。まだ意識があるうちに、お前のギターを近くで聴いてみたい。」
じいちゃんは、佑樹の瞳をじっと見つめた。佑樹はそんなじいちゃんの濁った瞳を見ながら、こみ上げてきそうになる。
『ギターは、楽器を囲むほぼ2メーターの範囲で音楽を聞かせる楽器というのが本来の姿だったんです。…ギターを囲むほぼ2メーターの距離と言ったらそこに居るのは、演奏者自身か、演奏者の大切な人ぐらいなもんでしょう』
不意に先輩が言っていた言葉が佑樹の頭に浮かんだ。
「わかった、じいちゃん。先輩と相談してみるよ。」
佑樹はそう答えるのが精一杯で、水差しを持って逃げるように部屋を出た。
汀怜奈はプロの演奏家である。演奏中に雑念に囚われることはない。しかし、ギターの弦から指を離してしまったら、やはり平凡なうら若き女性に戻るしかないのだ。案の定、1曲目の練習曲を終えると、彼女の頭に、肩をいからせてカフェを出て行った佑樹の後ろ姿が、風船のように浮かんできて仕方がない。
何が彼をあんなに怒らせてしまったのだろうか。彼女自身まったく思い当たる節がなかった。理解できなければ、もうその件は理解することはやめて切り捨てよう。そう思って次の練習曲に取り組むのだが、その練習曲が終われば、また頭に彼の後ろ姿が浮かんできてしまう。
佑樹の胸が締めつけられた。そんな動揺を隠すように、彼はいそいそと水差しの盆にこぼれた水を拭う。
「ところでな…佑樹。」
「なあに、じいちゃん。」
「師匠とのギターの練習はやめたのか?」
「えっ、なんで。」
「最近、お前や師匠の弾くギターの音が聞こえない。」
「や、やだなぁ。聞こえてたの…下手くそなのに…。」
「お前の部屋からこぼれてくるギターの音を耳にするとな…ああ、わしは今起きている。まだ生きているんだ…と思えてな。」
佑樹はどう返事を返していいかわからなかった。
「なあ、佑樹、お願いがあるんだが…。」
「なんだよ。じいちゃんあらたまって…。」
「一曲でいいからお前のギター演奏を、聴かせてはもらえないか。」
「えー、俺まだ下手くそで、人前で弾くなんてレベルじゃないよ。」
「いいんだ。」
「…ましてや一曲通してなんて…まだ無理だよ。」
「それでもいいんだ。わしももう長くない。しかも、一日で意識がはっきりしている時間も少なくなった。まだ意識があるうちに、お前のギターを近くで聴いてみたい。」
じいちゃんは、佑樹の瞳をじっと見つめた。佑樹はそんなじいちゃんの濁った瞳を見ながら、こみ上げてきそうになる。
『ギターは、楽器を囲むほぼ2メーターの範囲で音楽を聞かせる楽器というのが本来の姿だったんです。…ギターを囲むほぼ2メーターの距離と言ったらそこに居るのは、演奏者自身か、演奏者の大切な人ぐらいなもんでしょう』
不意に先輩が言っていた言葉が佑樹の頭に浮かんだ。
「わかった、じいちゃん。先輩と相談してみるよ。」
佑樹はそう答えるのが精一杯で、水差しを持って逃げるように部屋を出た。
汀怜奈はプロの演奏家である。演奏中に雑念に囚われることはない。しかし、ギターの弦から指を離してしまったら、やはり平凡なうら若き女性に戻るしかないのだ。案の定、1曲目の練習曲を終えると、彼女の頭に、肩をいからせてカフェを出て行った佑樹の後ろ姿が、風船のように浮かんできて仕方がない。
何が彼をあんなに怒らせてしまったのだろうか。彼女自身まったく思い当たる節がなかった。理解できなければ、もうその件は理解することはやめて切り捨てよう。そう思って次の練習曲に取り組むのだが、その練習曲が終われば、また頭に彼の後ろ姿が浮かんできてしまう。



