ウ・テ・ル・ス

 秋良の発言に、守本ドクターも三室も意味ありげな顔でお互いを見あった。

 妊娠7カ月(24〜27週)お腹の赤ちゃんの大きさは約35センチ。このころになると、真奈美もあお向けに寝ると、息苦しくなってくる。急に大きくなったおなかに皮下組織がついてゆけず 妊娠線が現れ始めてきた。産後は白く、目立たなくなるというが、妊娠中は赤紫色を帯びていて気になってしまう。自分の身体のあちこちに、今まで見たこともないようなサインを発見し、出産が近づいている事を否が応でも真奈美に自覚させる。
 クアラルンプールの郊外にある一軒家。そこが出産まで、会社が真奈美に与えた住まいだ。真奈美はそよ風が渡るベランダで、外の景色を見ていた。一軒家は高台にあり、遠くに青い空に突き抜けて都市部の近代的なビル群が見える。ペトロナスツインタワー、国会議事堂、KLタワー。世界の最高級の建築のランドマークは壮観でもある。実際、クアラルンプールは郊外に広がってはいるが,街そのものは7〜8キロ四方くらいしかない。しかし、小さいながらも街全体にとても緑が多く、まさにガーデンシティと呼ぶにふさわしい。目に入ってくるクアラルンプールの緑の多さは,日本の諸都市とくらべてもけた違いだ。
 真奈美は、市民の憩いのオアシスであるレイクガーデンの緑を見ながら、しかし心は秋良を想っていた。妊娠がわかった日から秋良の家に転がり込み、身体中の勇気を振り絞って訴え続けているメッセージが、まったく彼に伝わっていないように思えるのだ。やはり彼には到底理解できないことなのだろうか?本当のところは、赤ちゃんを取り上げられる恐ろしさを考えると、今すぐにでもこの家から逃げ出したいくらいだ。
 真奈美はポケットからスマートフォンを取りだすと、自分の膨らんだお腹に当てた。
『今そちらに向かっている。10分以内には着けると思う。店の中で待っていてくれ。』
 以前秋良が残した留守番メッセージを保存していて、その声をお腹の赤ちゃんに聞かせているのだ。
「あなたのおとうさんよ。声を忘れないでね。」
 クアラルンプールに来てから、毎日秋良の声を聞かせていた。実際、この声を聞くとお腹の赤ちゃんもおとなしくなるような気がする。めげそうになった時は、そうしてお腹の赤ちゃんから力を貰うのだ。
「何しているの?」
 いつの間にベランダに来たのか、秀麗が真奈美に声をかけた。