「あんなのお義兄さんなんて呼ぶのやめなさい。別に私とは何でもないんだから…。」
 真奈美は自分のお腹の中に彼の赤ちゃんがいることなど、どうやっても説明できない。
「そうなの…で、ここで何してるの?」
 今の自分が整理できずどうしたいのか解らない自分が、ミナミの質問に答えられるはずもなかった。こんな状態では、三室の言う通りとりあえず家族のもとに戻った方がいいのかもしれない。
「これから家に戻ろうと思うのよ。」
「えっ、お姉ちゃん戻れるの?」
「ええ…。」
「ホント?お母さんが喜ぶわ。とっても会いたがっていたもの。仕事はいいの?」
「当分仕事しなくても、会社が面倒見てくれるみたい。」
「へーえ、何だかわからないけど…とにかくまた3人で暮らせるのは大歓迎よ。わたしもスクールに専念できるし。」
「結局ミナミの大歓迎の理由はそれなのよね。」
 真奈美の皮肉に、ミナミは笑いながら頭を掻いた。
 真奈美はベルを呼んで荷物を玄関に持って行くように依頼すると、自身はバッグひとつを肩に下げて、ミナミとともに部屋を後にした。
 フロントへ寄ってキーを返す。
「ご請求はすべて会社へと伺っております。」
 フロントスタッフの笑顔で見送られロビーへ出た。真奈美の身体の変調はそこで起きた。急に差し込むような下腹部の痛みでたまらずフロアのソファーに座りこむ。
「大丈夫?お姉ちゃん。」
「ええ、少し休めば大丈夫よ。」
 そうは言ったものの、これといって特異なものを食べた記憶もないし、腹痛の原因が思い当たらない。ストレス性の胃炎にしては、下腹部すぎる。ストレス性の腸炎なんてあるのだろうか。ふと最近生まれた新しい命が、真奈美に何かを告げたいのではないかと思い当たった。馬鹿げた話だが、真奈美は自分の下腹部に両手を添えて会話を試みる。
『どうしたの?』
 言葉にならない言葉が、手のひらを通じて伝わり、脳でしっかりとした像を結ぶ。子宮の住人が、真奈美に彼女の本心を示し、そして真奈美に行動への決意を促した。
「ミナミ、ごめん。やっぱり当分戻れないわ。私たち…とりもどさなくちゃならないの。それも命がけでね。」
 謎の言葉を残して真奈美は帝国ホテルを飛び出して行った。

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