「姉さんの人生に関わることなのに、簡単に言ってしまうようで申し訳ありませんが…」
 三室はうつむき加減に話しを続ける。
「これから先は姉さんの自由にしていただいて構いません。家に戻って子どもを産むのも、降ろすのも、そして会社の庇護のもとに出産して子どもを手放されても構いません。どんなご選択をされても、姉さんの被った被害については社長が充分な賠償をするはずですから。もともと社長はそんなに悪い人ではありません。どんなに商売が違法であっても、こんなことをするような社長ではないのに、なぜ…。」
 三室は真奈美の顔色を伺った。真奈美はキツイ視線ながらも、どうぞとうなずいて発言を促した。
「なぜ、こうなったのかというと…。」
 三室は、仕事受注のいきさつから、会議室で明かした秋良の考えまでを正直に真奈美に打ち明けた。
「姉さんはあくまでも被害者で、どんな理由があろうとも許しがたい話しであることはわかります。実際今度のことは、社長以外の誰もが賛成しているわけではありません。しかし、残念ながら会社には姉さんの心の傷を癒してくれるような人が居ないのも事実です。やはり、このことを乗り越えるためには家族の力が必要だと思いまして…。」
 その時、ドアが突然開いて、聞き覚えのある明るい声が部屋に響いた。
「お姉ちゃん、今度はどうしてこんなすごいホテルで暮らしてるの?」
 ミナミが無邪気な歓声とともにジュニアスイートに飛び込んできた。
「出すぎたかもしれませんが、自分が妹さんを呼んでおきました。社長の顔を見るのは嫌でしょう。賠償に関するパイプ役は自分がしますので、安心して家にお戻りください。」
 三室はそう言い残すと、自分のスマートフォンの番号を真奈美に告げて部屋を出て行った。

 ミナミは、真奈美の話しを聞くよりもまず、スクールへ通い出した自分の新しい生活を話したかったようだ。帝国ホテルのクッキーを頬ばりながら、どんなレッスンなのか、自分の評価はどうなのかを怒涛のごとく話し始めた。練習の成果を見てくれと、その場で歌い出したミナミに、真奈美は久しぶりに腹から笑った。どんな苦境にある時も、やはりミナミは自分を癒してくれる。この可愛らしい妹の存在を心から感謝した。
「それで…」
 ひと通り話し終わったミナミは部屋を見回す。
「あのイケメンのお義兄さんはどこなの?」