ウ・テ・ル・ス

 真奈美の抗議に男はかまわず電話を続ける。
「えっ、いいんですか?…わかりました。自分は倶楽部に向います。」
男は受話器を置くと、真奈美に向き直った。
「そのエレベーターで3階へあがると、出たところがいきなり社長室だから…。ひとりで行けるよな。」
「ええ、まあ…。」
 男は、真奈美をエレベーターに誘導すると、自らのIDカードを差し込み3階のボタンを押す。自分はエレベーターの外に出た。一度は閉まりかかったドアであるが、男は思い返したように無理やり腕を通し、ドアを開けた。驚く真奈美に、男は首を傾げながら言った。
「ところで君…、本当に女だよな。」
「そうですよ。今ここで脱いで証明しましょうか!」
 閉まるドアの向こうで聞こえる男の笑い声。エレベーターは憤慨する真奈美を載せて3階へ昇っていった。

 やがてエレベーターが制止すると、小さな鐘の音とともにドアが開く。目の前に1階のロビーよりも広いスペースの社長室が現れて、真奈美の度肝を抜いた。側面に何台ものモニターが設置されたオーディオビジュアルコーナーがある。その横にプロジェクターとスクリーンが配置され、いくつものLAN端子がのぞくワークデスクがある。ウエブ会議が出来る会議室と言っても、きっと今の真奈美では理解できなかったろう。対角には、ヨーロッパデザインの応接セットとバーカウンター。なんとアンチークなビリヤード台まであった。この部屋の主はどこかと探すと、はたしてアポロンは、一番奥の大きなマホガニー調のデスクで、PCモニターを覗き込みながら盛んにキーボードを叩いていた。
「すぐ終わるから、ちょっとそこに掛けて待っていてくれ。」
 アポロンは真奈美に一瞥もくれずに、聞き覚えのある低い落ち着いた声で言った。真奈美はそう言われたものの、あまりにも広すぎるオフィスの何処に腰掛けたらいいか見当がつかない。途方に暮れて立ったままアポロンの作業が終わるのを待った。
「…待たせたな。」