周知のごとくアポロンは、ギリシア神話に登場する男神で、ゼウスの息子である。音楽の神として名高い一方で、拳闘の神としての側面をも持つ。まさに文武に秀麗なアポロンは、古典時代のギリシアにおいては理想の青年像と考えられた。日々の生活に追われ、自分が女であることを忘れて毎日を過ごしていた真奈美であったが、この男を見た瞬間、まだ女子でいられた女子高時代を思い出すとともに、長い間忘れていた女の感性が、真奈美に息を飲ませたのだ。自分が引き起こした事故でブルーになるはずの自分が、まったく別の想いで鼓動を高めていることが不思議だった。男は黙ったままサングラス越しに真奈美を見続けている。
「あの…修理はさせて頂きますので…保険の関係で事故証明が必要だから…今警察に連絡を…。」
なぜかとぎれとぎれにしか言葉が出なくなってきた。真奈美は顔も赤くなってきている事が自分でもわかった。
「賠償なぞいらん。そのかわり…。」
男が妙に赤い唇を動かして低く落ち着いた声を発した。その言葉が、日本語であることがなぜか不思議に思えるほどた。
「今夜仕事が終わったら、ここに来い。」
男は、名刺を真奈美に渡した。
「えっ、でも…。」
男は車に乗り込むと、戸惑う真奈美を残して破損したライトのまま走り去っていった。呆気に取られながら車を見送る真奈美。車がかなたに消えると、あらためて受け取った名刺を見た。名刺には『ライフ・デザイン・オフィス』という社名と住所、電話番号だけが表記されていた。渡した男の名前は不明だが、彼が言った『ここ』に行けは、きっとそれを知ることができるだろう。
真奈美はその日の配送を出来るだけ早く終えようと走り回った。そのお陰で、アポロンから貰った名刺が示されている住所へ、そう遅くない時間にたどり着くことができた。しかし、ここで彼女はドアフォンを押すのを躊躇している。港区の一等地にそのオフィスはあったのだが、あまりにも近代的にデザインされたその門構えに、気後れしているのだ。
「あの…修理はさせて頂きますので…保険の関係で事故証明が必要だから…今警察に連絡を…。」
なぜかとぎれとぎれにしか言葉が出なくなってきた。真奈美は顔も赤くなってきている事が自分でもわかった。
「賠償なぞいらん。そのかわり…。」
男が妙に赤い唇を動かして低く落ち着いた声を発した。その言葉が、日本語であることがなぜか不思議に思えるほどた。
「今夜仕事が終わったら、ここに来い。」
男は、名刺を真奈美に渡した。
「えっ、でも…。」
男は車に乗り込むと、戸惑う真奈美を残して破損したライトのまま走り去っていった。呆気に取られながら車を見送る真奈美。車がかなたに消えると、あらためて受け取った名刺を見た。名刺には『ライフ・デザイン・オフィス』という社名と住所、電話番号だけが表記されていた。渡した男の名前は不明だが、彼が言った『ここ』に行けは、きっとそれを知ることができるだろう。
真奈美はその日の配送を出来るだけ早く終えようと走り回った。そのお陰で、アポロンから貰った名刺が示されている住所へ、そう遅くない時間にたどり着くことができた。しかし、ここで彼女はドアフォンを押すのを躊躇している。港区の一等地にそのオフィスはあったのだが、あまりにも近代的にデザインされたその門構えに、気後れしているのだ。



