秋良は朝早くから、鈴の音で起こされた。朝食を準備する真奈美が、忙しくキッチンを駆けまわっているのだ。ソファーで寝ていた秋良は、かけ布団を頭まで被って、なんとか鈴の音から逃れて、また安らかな睡眠を取り戻そうかとしたが、一度耳に着いた鈴の音はなかなか離れない。真奈美の監視用にと思ったが、自分で自分の首を絞めてしまったかもしれない。彼は寝るのを諦めて、あくびをしながら、シャワールームへ起きだしていった。
 熱いシャワーで目を覚まし、シェービング、そしてローションで肌をしめる。シャワールームからいつも通り直接クローゼットへ。今日のスーツコーディネイトを決めると、広いクローゼットでスーツに着替える。
 リビングに戻ると、キッチンのダイニングテーブルの上に、白い湯気が立ち昇るコーヒーとアメリカンブレックファストが準備されていた。おいしそうな匂いが鼻をくすぐる。しかし秋良は一瞥をくれただけで、朝食には手を着けず玄関のドアに向って歩き始めた。
「ちょっと待って!」
 真奈美に不満そうな声で呼び止められた秋良は、真奈美の文句が飛び出てくることを予想して闘いの準備に身構えた。しかし、真奈美はファイティングポーズも取らず奥の部屋に消えると、何やら手に持って戻って来た。
「そのスーツには、そのネクタイはあわないわ。こっちの方が合うわよ。」
 ネクタイを変えようとする真奈美の手を、秋良は払った。彼は怒ったように真奈美を睨んで大股に部屋を出て行った。ため息をつきながら秋良を見送る真奈美。するとすぐ鍵が解錠される音がしたかと思うと、秋良がものすごい形相で戻って来た。興奮した息遣いで真奈美の目の前まで来て立ち止まる。彼から一発食らうのかと首をすぼめた真奈美だったが、秋良は手を上げる代わりに自分のネクタイを外すと真奈美に投げつけ、彼女が手に持つネクタイをひったくる。そして踵を返してまた部屋を出て行った。
「いってらっしゃい。」
 秋良の広い背中に、真奈美は明るく声を投げかけた。