ウ・テ・ル・ス

 秋良の耳元でそう言うと、秀麗はミニスカートに長い脚を交差させて彼の横に座った。さすが秀麗だ。今から用心棒達を牽制していることが、秋良にもよくわかった。こうして真奈美がいる分娩室の小さなドアの前に、毛色の違った大勢の人間が待機することになった。

 一方、真奈美に目を転じてみると、案外狭い部屋で不気味な分娩台に横たわらされて心細い思いをしていた。分娩室に入ったからと言って、出産がすぐ始まるわけではない。9センチ大の子宮口が徐々に大きくなるのを待つ。そして全開大(10センチ)となってから、児分娩までのこの時期を『分娩第2期』といい、陣痛で赤ちゃんが産道を少しずつ下りてくることになる。経産婦で1時間、真奈美のような初妊婦では2時間ほどかかるのが普通だ。
 ドクターは出産のギリギリまで来ないから、それまで看護師とヘルパーのふたりが真奈美の傍に着き、呼吸を一緒にやってくれたり水を飲ませてくれたりした。
 しかし、分娩台の居心地は途方もなく悪い。腰が痛い真奈美は、横を向いてさすっているとまだ楽なのだが、看護師が上を向くようにと姿勢を直されてしまう。腰の痛みから逃げようと、腰の位置をずらすと、また姿勢を直されてしまう。技術の進歩が著しい今の時代、なぜマッサージ付きの分娩台が無いのか真奈美は不思議に思った。
 引いては寄せる波のように襲ってくる陣痛の痛み。陣痛が来るたびに、看護師が子宮口の開きをみていた。真奈美は腰の両サイドにあるレバーを握って、陣痛の痛みに耐えつつ、いきむのも我慢すると言う壮絶な戦いを展開していた。
 時間の経過とともに、陣痛が来ると真奈美はいきみたくなる気持ちが強くなる。子宮口が開くまでは、いきんでも赤ちゃんは出てこない。無駄に体力を消耗するだけだ。いきんじゃだめだと判ってはいるものの、生理現象でうっかり力が入ってしまう。そんな時、なぜか凄い声が出てしまうのだ。決して文字では表せない野生動物の唸り声。強いて書くとすればこうなる。

『ぐおおおおおぉぉぉ!』

 その声を聞いて、ドアの外に居た秋良が椅子から飛び上がった。
「どうしたのよ。」
 秀麗が冷めた口調で問いかける。
「なんかあったんじゃないか?」
 秀麗は秋良の顔をまじまじと眺めた。
「長年この仕事していて、ウテルスの出産に立ち会ったの、初めてなの?」
 秋良がばつ悪そうにうなずく。