ウ・テ・ル・ス

 秀麗は、こんな切実な顔で自分に物事を頼む秋良を初めて見た。
「あなたのお願いを聞く前に、教えて欲しいことがあるの。」
「なんだ?」
「もう一度聞くけど…、ウテルスの中に居るのは誰の赤ちゃんなの?」
 秀麗の問いにしばらく黙っていた秋良だが、ため息をひとつつくと諦めたように口を開いた。
「卵子は真奈美自身のものだ。」
「それで、精子は?」
「俺だ…。」
 その答えを聞いた秀麗の心境は筆舌に尽くしがたい。嫉妬、失望、嫌悪、挫折、悲哀、恐怖、そして罪悪感。それらの言葉が溶けあい、秀麗の心の中で、醜悪な香りを放ちながら渦を巻いた。秀麗は青い顔で席を立つと、何も言わずにその場から立ち去ってしまった。

 真奈美は病室で、10分間隔で襲ってくる陣痛と闘っていた。昔母から『鼻の穴からスイカを出すくらい痛い』とはよく聞いていたので、『痛い』という事実はもう受け入れていた。陣痛開始から出産までには、長い道のりがある。陣痛は確かに痛いしつらいけれど、この段階でヒイヒイ騒いでいると、いざ出産のときに力不足で上手にいきめない。陣痛はなるべく静かに過ごすのだと思ってはいたが、実際にその痛みに見舞われてその痛さに驚いた。やはり叫んだり怒鳴ったりしてしまうのは、初産の彼女にしてみれは仕方ないことかもしれない。
 真奈美が叫び声を上げるたびに、秋良が病室に飛び込んできた。そんな秋良を睨みながら、涙を含んだぎらつく目で怒鳴りあげる。
「チクショー、あたしがこんなに苦しむのも、あんたのせいよーッ!」
 秋良は呆然としてその罵声を受けるしかないのだが、陣痛が収まると人が変わる。
「あら秋良、居たの?あなたも少し休んだら?」
 何秒か前の罵声を忘れたかのように、秋良に優しい言葉をかけてきた。秋良にしてみれば、真奈美の身に何が起きているのかまったく理解できない。しかしそんなことを何回か繰り返していくうちに、罵声を受けている時間の方がだんだん長くなってきていることに気付いた。
 周知の通り陣痛とは、胎児をいよいよ体外に生み出す為に、子宮が定期的に収縮を繰り返すことで引き起こされる痛みである。ただ、この陣痛が発生するメカニズムに関しては、まだ医学的には解明されていない部分が多く、いつどんなタイミングで発生するか、またはどんなサインによって陣痛が始まるかは、諸説が入り乱れており、結論は出ていない。