秋良は、ホテルの最上階にあるスイートルームから、ビル群を縫って走る光の流れを眺めていた。それは車が放つヘッドライトの光の群れで、女性の好みにあわせてロマンチックに『地上に流れる天の川』とつぶやきたいところだが、秋良の見え方は違っていた。彼はその光の流れが、夜になっても休むことなく流れ続ける赤血球にしか見えない。
 彼は不思議でしょうがない。人はなぜこんなに動き続けられるのだ。働き、遊び、セックスし…。そんなに動く原動力は、いったいどこから来ているのだろうか。多くの人は、今を楽しみ、将来を作るためというだろうが、秋良にしてみれば、そんな動機もピンとこなかった。今の商売で充分に稼いでいでしまった彼は、これ以上の財力を手にしても何の達成感もない。かといってドラッグにはまるほどの熱さもなく、ただ人に、特に女性にクールに接して憂さを晴らすのが、彼が出来る精いっぱいのことだった。
 背後のベッドで全裸の女が動いた。染められたゴージャスな髪が、わがもの顔にベッドに広がる。彼はそれを嫌ってベッドから出たのだ。今夜のセックスもつまらなかった。もういい加減、セックスに幻想を抱くのはやめよう。そんなことを思っていると彼のスマートフォンが勢いよく震えた。電話は彼のビジネスパートナーの戴秀麗であった。
「秋良、日本領事館へのパスポート申請が無事に受理されたわよ」
「ああ、ご苦労さん」
「体調が落ち着いたらウテルスを先に帰国させます」
「わかった。…まだ使えそうか?」
「もう限界でしょうね。安モーテルのベッド並みに、くたびれて、固くなってるようだし…。それに時々幻聴が聞こえるみたいよ」
「そうか…」
「私もパスポート発給が確認でき次第、帰国するわ」
「一週間ほどそちらで休め。次回のマネージャー会議は、お前抜きでやるから…」
「ありがとう。お気持ちだけいただくわ。それじゃ」
 秋良は切ったスマートフォンを眺めながら、休みを取ることを恐れていると思えるほど、必死に働く秀麗の原動力はいったい何なのだろうかと考えた。このビジネスで資金を貯めて、中国大陸の不動産に投資したいと言っていたが、仮にそれで巨万の富を得たとしても、それがそんなに魅力的なことなのか、秋良には理解できなかった。