「大丈夫ですか?谷上さんが電話かけても出ないって、私に電話寄越したんですけど」

「ところで今、何時?」

「10時ですけど」

「ま、昨日飲みすぎたし、しょうがねぇな」

「しょうがなくないです、早く電話折り返してあげてください」

「昨日はありがとな」


昨日。

朝から、ずっと思い出さないようにしていたのに。

どこまで覚えていますか?昨日のこと。

私の疑問は、口にはしなかった。


「いえ、別に」

「迷惑かけたな。悪かった」


謝るってことは、やっぱり、昨日の出来事は全部――


「じゃ、谷上さんに連絡してみるよ」


電話が切れて、私の心は切ない。

笠岡さんとの距離は、昨日のお酒が埋めたにすぎない。

今は元通り。ただの同僚。

そう思うほどに私の中に響くのは、茉莉の声。

東京への、思い。

今だって、十分幸せに生きてる。

でも、若い頃は苦労は買ってでもしろ、っていうし。

私は、ここからいなくなるのだろうか。

私はこれから、どうなってしまうのだろう。

とりあえず、昨日の夜の出来事は忘れると決めた。

素敵な夢が見られただけで、満足した。