『しかし、広いな…』


体に毛布を巻いた姿で屋敷二階の廊下を歩くソードウィッチは、ポツリと呟いた。

あのままリビングのソファーに寝そべっていても退屈なだけなので、少し屋敷内を散歩することにした。
窓から見える青空と、光を反射させ鮮やかな色をした濡れた緑に思わず目を細める。


『む…』


不意に、ソードウィッチは素早く窓の横に身を隠した。


ちょうど真下の裏庭に、リディルではない人間の姿が見えたからだ。


(追っ手の魔女ではないようだな…。
リディルめ…!何が一人暮らしだ!)


ソードウィッチが歯軋りをしながら、裏庭へと改めて視線を凝らすと、それがメイドのような格好をしている女だということが分かった。


そのメイドは、何か荷物のような物をそこに置くと、逃げるかのように裏庭から外へと走り出て行ってしまった。


『こんな所に居たんですか』


(…!!)


突然、背後から声をかけられたソードウィッチは弾かれたように振り返った。


『どうしました?』


そこにはモップを持ったリディルが立っていた。
キョトンとした表情でソードウィッチを見つめている。


『さっき、庭に人がいたぞ』


ソードウィッチはそう言って親指で窓の方を差した。


『え…ああ、それは本邸から生活用品を届けてくれるメイドの方ですね。
3日に一度ほど物資を届けに来てくれるんです。すみません、言うのを忘れていましたね』


リディルは困ったように笑った。


ソードウィッチは、この何かを誤魔化しているかのようなリディルの笑みに不信感を抱いていた。


『挨拶もせずに走って帰るとは…貴様は随分と嫌われているんだな』


ソードウィッチの言葉にリディルは無言で視線を逸らす。


(やはり…何かを隠しているな)


『あ…そろそろ昼食の時間ですね。
準備をしますので、ソードさんはリビングで待っていてください』


突然、思い出したようにそんな事を言い出したリディルは、ペコリと頭を下げ、イソイソとその場を立ち去って行った。


『明日には傷も癒え、ここに留まる理由もなくなるな…。
後々、王都に通報されても面倒だ…いや、もう通報済みの可能性もあるな…』


ソードウィッチは左目のガーゼをゆっくりと外しながら、呪文のようにボソボソと声を発した。



『色々と考えるのも面倒だ。
もう、今すぐ殺すか…』

ニタリと歪な微笑みを浮かべた美しい魔女は、
まだ深紅に充血したままの左目だけを妖しく動かした。