『リディル!!』


焼け落ちる屋敷の中に飛び込み、寝室へと向かっていたソードウィッチは、廊下でしゃがみ込んでいるリディルを見つけた。


『ソードさん…』


リディルは少し安堵した表情をしているが、その口許には血が付着していた。


『発作が出たのか?
急いで出るぞ。
立てるか?』


ソードウィッチはリディルの腕を肩に回し、ゆっくりと立たせた。


『妾を狙って魔女どもが来てるが問題無い。すぐに片付ける』


炎はもの凄い勢いで廊下へと侵入してきている。

『あの時とは…反対になっちゃいましたね…』


リディルの言葉に、ソードウィッチはリディルと初めて出会ったあの雨の夜を思い出した。


『ああ、そうだな』


ソードウィッチは火と煙の流れを見ながらリディルを連れて廊下を進んでゆく。


巨大な魔物と化している炎は、見る見る屋敷を食し崩していく。


『ソードさん…お願いが…あります…』


リビングに入り、あと少しで出口というところで、リディルは咳をしながらそう言って足を止めた。


『お願い?そんなものはとりあえず外に出てからだ』


ソードウィッチは急かすが、リディルは歩を進めようとはしない。


『僕を、ここに…置いて行ってください』


ソードウィッチには、リディルのその言葉の意味が分からなかった。


『なんだと…?』


やっと絞り出せた声は掠れ震えていた。


『流行り病を患っている僕は…外に出るわけには行きません。
この炎なら、この忌々しき病魔を焼き払えるでしょう』


『リディル?貴様は一体何を言っておる。
さあ、行くぞ!』


ソードウィッチは力任せにリディルを連れ出そうとしたが、その華奢な体がソードウィッチの腕からスルリと抜け外れた。

『お別れです』


フラりと立ったリディルは儚げに微笑んだ。


『おい…リディル。早まるでない…。
流行り病がどうした?
例え世界が病魔に犯されようとも、妾がいるではないか…』


ソードウィッチは宥めるように言葉をかけるが、リディルは首を横に振るばかりだ。


『ふっ…ふざけるなぁあ!!
貴様が今まで受けてきた仕打ちを思い出せ!!
リディル!貴様には…、親を憎む権利がある!!
運命を呪う権利があるのだ!!
貴様が妾と来ないと言うならば…!!
この剣で貴様の親を切り刻み、この世界を破壊しつくしてやるぞ!!』


ソードウィッチは泣いていた。
悔しさと怒りで涙を止めることができなかった。

もう、長くは生きれないと悟っているリディルの瞳が悲しかった。
もう、何を言っても無駄だと悟った自分が悔しかった。


そんなソードウィッチを、リディルが優しく抱き寄せる。


『あの夜…僕は…貴女と出会ったあの場所で、テラス川の濁流に身を投げて命を絶つつもりでした』


突然のリディルの告白に、ソードウィッチは驚きを隠せなかった。


訊かないまま忘却に置き去りにしていた疑問の答えは、あまりにも衝撃的なものだった。