それから、二人の奇妙な生活が始まった。


『ソードさん。
朝ですよ』


毎朝、ソファーで眠るソードウィッチを目覚めさせるのは、リディルの声とコーヒーの薫りだ。


服をリディルが修繕してくれたお陰で、毛布生活からも脱け出せたソードウィッチは、愛用の漆黒のコートを羽織ると、窓を開けて朝日を全身で浴びる。


『すっかり傷はなくなりましたね』


リディルは嬉しそうに、ソードウィッチを見つめた。


たまに咳込んではいるが、やけに楽しそうな様子のリディルに、ソードウィッチも思わず笑みが溢れることがある。


『あ!笑ってくれた!ソードさんの笑顔が見れた!』


『む…!黙れリディル!!笑っておらぬわ!!』


その度に喜びの声をあげるリディルに、ソードウィッチは頬を赤らめ照れた。


『あ!僕の名前呼んでくれた!』



『む…うるさい!!』


毎日のように無邪気に笑うリディルの姿に、ソードウィッチの心は穏やかな光で満たされつつあった。


(こんな感覚、初めてだな…)


夕焼けに染まる丘でリディルと立つソードウィッチは、少年の華奢で白い手を握りしめた。


『ねぇ、ソードさん』


『む…。何だ?リディル』


リディルは優しげな瞳にソードウィッチを映している。
その白い頬が染まっているのは夕日のせいか、その感情が高ぶっているせいなのかはソードウィッチには分からない。


『ソードさんがあの日言ったように、確かに僕は捨てられたのかもしれません。
でも、僕は母さんと父さんに感謝してるんです』

リディルの言葉にソードウィッチはただ無言で見つめ返す。


『だって、母さんと父さんが僕を産んでくれたお陰で、ソードさん、貴女に出会えたんですから』

そう言って幸せそうに笑うリディルを、ソードウィッチは抱きしめた。


我慢できなかった。
沸き上がる衝動を止めることができなかった。


今にも儚く消えてしまいそうな存在を繋ぎ止めるかのように力強く抱きしめた。


リディルはそれに答えるかのように心地よい息苦しさに瞼を伏せ、体を委ねる。


夕焼けが形成する空間に伸びる影の先端が、ゆっくりと触れあった。