ここまで過去の出来事を聞いてしまっては、もはや英桃の心に母への憤(いきどお)りも迷いもない。父のように情に厚く逞しく、そして母のように気高く生きることを決意したのだ。
「早速身支度をいたします」
英桃が腰を上げようとした時だった。
「お待ちなさい。これを持ってお行きなさい」
差し出された菊乃の手に持っていたもの――。それは英桃の頭身はあるだろう大太刀だった。柄には珍しい白を貴重とした布が巻いてある。
「これは……?」
英桃が訊ねる。
「父上が、いかなる時も手放さなかった刀です。これを持ってお行きなさい」
英桃は長身な刀を菊乃から預かった。刀はその手に持てば、ずっしりと重い。これが忍の長、木犀が常に持ち歩いていた魂の隠った刀なのだ。
鞘から引き抜けば、十六年という年月を経ても錆(さび)ひとつ存在しない美しい刀身が姿をあらわす。
この刀は母が亡き夫、木犀だと思い、大切に磨いていたのだと英桃は感じた。



