母屋の中にある三畳ほどの小さな座敷。その上座に、母菊乃(きくの)が静かに座していた。

 英桃(えいとう)は菊乃と向かい合い、座する。


 沈黙を破るのは、庭にある鹿威(ししおど)しのみだ。


 その場には緊張感が漂っていた。



 英桃は口内に溜まった唾を飲む。これから話されるであろう内容に身構えた。



「さて、どこから話しましょうか」

 凜(りん)とした、母菊乃の声が静寂を破った。


「貴方の父は、それはそれは志高く、優しく、そして強い殿方でした」

 菊乃が話し――。

「だからこそ、父はこの里を治めることができたのでございましょう?」


 英桃は顔すら覚えていない父親の事を思い、菊乃に続いてそう口にした。


 菊乃は何も言わず、ひとつ頷(うなず)くと話を続けた。

 彼女の視線は目の前の英桃ではなく、どこか遠くを見ている。それは亡き父、生前過ごした木犀(もくさい)との日々を思い出しているのだろうか。