父親のいないこの家では普段、母は気丈な女性だった。強くたくましく、けっして他人の前では涙や弱音さえも吐かない女性だったのに、しかし今の彼女からはその姿は見当たらない。



 知らぬ男と菊乃の会話がもし、真実だとするならば――。いや、この話は真実なのであろう。隣の座敷から伝わってくる緊迫感を帯びた二人の息遣いが真実味を増している。



 二人が話すには、自分は退治屋、長という役目を担った家柄で、父親は恐ろしく強い大鬼と戦い、敗れた。ともすれば、いずれは自分もまた、父と同じ運命を辿ることになるこの宿命になるのだ。

 その自分を、菊乃はこれまでどのような気持ちで育ててきたのであろうか。

 おそらくは身を削るほどに苦しんだに違いない。

 十六年目にして真実を知った今、自分はどう動くべきなのか……。



 英桃は天井を見つめ、自分の運命がまさに変化していくのだろうことを悟った。