鬼伐桃史譚 英桃


 彼女の声が悲痛な叫びと化す。


 彼が言わんとしていることはただひとつ。それは菊乃がもっとも恐れていたこと――すなわちそれは、英桃を鬼討伐にを行かせること以外の何ものでもなかった。


「木犀殿を亡くした後でございます。酷(こく)かもしれませんが、残された時間はもはやありません。鬼が桜華(おうか)姫を捕らえるよりも先に、一刻も早く英桃殿を世にお出しください。それは退治屋の長として木犀様のお子である、英桃殿にしかできないことでございます」


「わかって……おります」



 喉から絞り出した菊乃の、同意する言葉とほぼ同時。

 屋敷の木戸が閉まった。そこに吉助の姿はすでにない。


 周囲にはふたたび静寂が戻る。


 けれどもその静寂の中には声を殺してすすり泣く、菊乃の姿があった。


「ああ、英桃、無力な母を許して」


 蝋燭の炎がゆるゆると揺れる。木犀の位牌は何も語ることはなく、ただそこにあるばかりだった。