帰りの車内。太陽が沈み始めた頃。唐突に凜から切り出し始めた。
「お兄ちゃん、20代ももうそろそろで終わりだね」
「本当あっという間過ぎて恐ろしいわ」
「華の20代、ほとんどガキのお守りだったもんね。なんかごめんね、私のせいで大変な思いさせて。私がいなかったら、きっと違う人生歩んでたろうに」
「なんだよ急に、冗談でもそんなこと言うな」
「だって、本当のことじゃん。少し位、八つ当たりとか愚痴ってくれれば良いのにさ」
「俺は一度も大変だと思ったことはないし、むしろ救われたこともあったんだ。2人で乗り越えて来たんだろ、俺だけ頑張ってたんじゃない」
そう言って凜の方をちらっと見ると、なぜか凄く辛そうな顔をしていた。しばらくの沈黙のあと、いつもより真剣味のある声で言う。
「……私はここまで育ててくれたお兄ちゃんに本当に感謝してる。だからその恩を仇で返すようなことは絶対にしたくない」
「どういう意味だ?」
凜のただならぬ様子とその言葉の真意が汲み取れず聞き返す。すると凜は何か覚悟を決めたように話し始めた。
「お兄ちゃんごめんね、今まで黙ってたけど、本当は海斗さんって人と時々会ってる」
「え?どうして?」
「この前学校帰りに声かけられた」
俺を探したと言っていたから興信所でも利用した時に一緒に凜の学校も知ったのだろう。だけどどうして、俺を介せず直接凜へ会いに行ったのか、海斗に不信感を募らせながらも凜には悟られないように話を続けた。だけど、どうにも心臓に悪い話だ。不安からか胸がドクドクと忙しい。
「謝る必要ないだろ。別にやましいことしてる訳じゃないんだろ?」
「してない、時々私の話を聞いてもらってるだけ。でももう少し私が大人になったら付き合いたいなって思ってる」
そのセリフに、一瞬胸がぎゅっと掴まれたかのような痛みが走った。内容が内容なだけに、思わず俺の声に怒気が混じる。
「馬鹿なこと言うんじゃない、いくつ年が離れてると思ってるんだ。あっちだって本気にしないよ」
「本気じゃない方がいいの、遊んで欲しいだけ。色々教えて欲しいの」
「ならお兄ちゃんで良いだろ」
「だめだよ、お兄ちゃんには教えられないことあるでしょ?」
「なんでそんなに無理して誰かと付き合おうとするんだよ。隆君のことにしても、海斗のことにしても、好きじゃない相手と付き合うことがそもそもおかしいんだ」
「おかしくても、そうやって多少無理してでも他の人と付き合っていかないと、私この先誰も好きになれなくなっちゃう」
「そんなことない、凜はまだ16才なんだし。これから恋愛知っていけばいいんだから」
「もう知ってるよ。お兄ちゃんに教わった」
そう言って俺の目をまっすぐ見据えてくる。あまりにも純然な目に見つめられ、それに耐えれず思わず目線を下へずらした。
「でも、私の気持ちにお兄ちゃん責任とれないでしょ?」
いきなり今まで頭の中でもしかして、と思っていた事柄を事実として目の前に叩きつけられる。ずっと目をそむけてきた問題の核心をいきなり突いてきて、思わず言葉に詰まった。初めてその問題と直面された俺は何も言い返せないどころか、凜の顔を見ることさえできなかった。


