父が目をあげて、虎である あたしと目線を合わせる。

父は驚くことなく、あたしにうなづいて見せる。


まだ誰も気づかない。



ゆっくりと父が屈み、傍らにあった棒と荷物を手にして、あたしに走り寄ってきた。



走り抜ける父に驚き、振り返りそこで皆はあたしの存在に気がついた。



言葉にならない合唱。あわあわと腰を抜かす者、慌てて武器になりそうなものを探す者、三者が入り乱れがたがたと部屋が軋む。



その中にはスンホンの父親がいた。皆が慌てふためくなか、彼だけが、あたしを睨んで机の上の茶碗を投げつけてきた。



放物線を描いた茶碗は、あたしに届くまでに、間に走りこんだ父に払い落とされる。



「この…この畜生が」



また茶碗を取ろうとして、震える腕は卓を払う。がちゃがちゃと茶碗がぶつかり、茶を撒き散らしながら床に落ち、砕け散る。

がたがたと体を震わせながら、それでも得物を探して茶碗のかけらさえ投げつけてくる。怒りで赤らんだ顔で、口の端に泡をつけ怒鳴り散らす。



「お前のせいで…うちのスンホンは……どけっ容、そいつをオレによこせ。八つ裂きにしてやる」



「なあ良く見てみなさいよ。この虎は子供じゃないかこんな虎がスンホンに何をするって言うんだい」



「なに寝ぼけたことを言ってやがる。シュウメイだって虎に喰われたに違いねえ。ソウニャが虎が逃げていくのを見たのが証拠さ」



父は構えていた棒を下ろし、しっかりとスンホンの父を見た。



「なあ。シュウメイは虎に喰われてなんていない。寝台は血で汚れていなかっただろう。ソウニャの見た虎と、スンホンを襲った虎とは違うんだ」



「なんでそんなことが言える。証拠はあるのか」

頭の先まで真っ赤になって怒り狂っている。



「毛並みを見ればいい。血で汚れた跡などないだろう。大きな猫のように大人しいだろうよ」



父があたしの頭をなでる。暖かくざらついた感触がした。