空には月がかかり、光を投げかけ、地を満たすのは虫の鳴き声と秋の風だった。

 さわさわと菊が揺れ、桔梗が揺れる。目につく花を折りとりながら黒い獣についていく。



「説明が面倒くさいなんて、いい加減だ」

『人間なんて自分の信じたいことを信じるものだ。理解できないものは見ようとしない』

「あたしが理解出来ないっていうの」


『言葉で理解するんじゃない。それはわかった振りでしかない』



 頭でっかちになるな、ということか。


 黒い獣が鳴き声をあげると熊達は、ぴたりと止まり虎の体をそっと横たえた。

 それから示し合わせたかのように、穴を掘りはじめた。鍬のような大きな手の平が、まるで柔らかな粘土であるかのように土をえぐっていく。



 虎一頭、すっぽり収まるだけの穴が掘れるまでたいした時間はかからなかった。
もし、あたしが一人で掘ったなら朝までかかるだろう。


 黒い獣が首を振るだけで、熊達は虎の亡きがらを穴に運んできた。

 しずしずと穴に収まった虎を見て、黒い獣はあたしを呼んだ。



『花、入れてやるんだろ』


 摘んだ花は両腕で抱えられるだけの大きさになっていて、かなりな量だった。

 上に向かって放り投げると花同士がぶつかってぱらぱらと落ちてきた。重い花を下にして花が落ちてきて、虎の体を覆っていった。

 これでお別れかと思ったら、また涙がにじんできた。


 虎の性格を決めるのは魂で、ここにあるのは抜け殻の肉体でしかない。

 それでも、触れた時のあたたかさを、あたしは覚えている。

 この肉体であの魂が、あたしの会った虎だから。



「……忘れないから」



 ヒュッと黒い獣が合図すると鍬のような手の平が、土を穴に戻していく。

 何もなくなった手の平で、あたしも土を虎にかけていった。

 虎の毛皮が見えなくなっても、掘りだした土はなくならず、地面には土くれが盛り上げられた。



『何か目印でも付けるか』

「……いい。あの虎は自然に帰っただけだから。思い出すのはどこだって出来る……ここに来なくてもいい」



 獣が空に向かって鳴き声をあげると、遠くからも、近くからも獣の鳴き声があがる。

 オォーーーン

 声は空に吸い込まれるようにして広がり、こだまのように消えていく。