こいつだった



 じわりと汗が滲むのを感じる。村外れなここでは、叫んだ所で誰も来てくれないだろう。

 気付いたとしても間に合うはずがない。獣との距離はほんの数メートルしかない。

「あたしを殺しにきたの」

 歯を食いしばって言葉を押し出した。


『お前は使えると思ってな』


 風が筒を抜けるような乾いた音がする。それが獣の声で、被さるように、頭に声が響いてくる。

「何に使うつもり」

 背中を冷たい汗が伝う。

『言う必要があるのか』

 くくっと喉の奥で笑いがおきる。主導権は獣にあると言われている。その腕のひと振りで、あたしなんて吹っ飛ばされてしまうだろう。
 


「スンホンを何処に連れて行ったの。返して」

 ひたと真っ正面から瞳を据えてこちらを見た。

『それは俺の仕業だと言うのか』


 明らかに不快な声が、喉の奥から漏れる。

『恩知らずな奴だな。知らないとはこうも厚かましくなれるものか』

「それなら教えてよ。スンホンはどうしているのか」





 獣が視線を逸らした。その先にスンホンが立っていた。

『どうやら来たようだ』

「スンホン」



 どうして。


 駆け寄ろうとした足が、ほんの数歩でとまる。いや、駆け寄ろうとしたのに、近づかない。