迎えに出た大人から、スンホンの噂が広まっていく。そこここで、夕餉の支度をするために集まっていた井戸端で、家の入り口での密やかな声が、小さな火種だった。

 そこから野火が広がっていくように、小さな火種が村じゅうを埋めつくすのには時間がかからなかった。

 村の顔役の家に押し込まれて、集まってくる大人の隅で小さくなっていたら、ひときわ大声で罵倒する声が響いた。



「うちのスンホンを返しやがれ」

 服の乱れた大人がハンの襟をつかみ、がくがくと揺さぶっていた。

 まだ宵の口だというのに、赤らんだ顔をして、酒の匂いを振り撒いていた。


「やめなよ、聞くところによればハン達に落ち度はない。あんたの子供が、自分からいなくなったんだろうよ」
 

 仲裁が入っても、襟を離そうとはしない。


「なんでそんなことをする。奴には仕事がたんまりあるんだぞ。こいつが代わってやるのか」

「なあ…あんたがしてやんなよ、だから子供も母親のためにホンサムを取りに行ったんじゃないのかい」

「おらぁ内まわりはやらねぇ。そんなのは女子供の仕事だ」

 吐き捨てるように言い、ハンを床に叩きつけた。

 何も言い返さないで、やられっぱなしのハンに頭にきた。

「あんたのせいじゃない。たいした仕事もないくせに飲んだくれて。スンホンのがよっぽど大人だわ」


 スンホンの父は、かっと頭に血が上り、酒くさい息をして近づいてきた。

「お前に何がわかる!!」

 平手というより、腕が頭を薙ぎ倒し床に叩きつけられる。体が叩きつけられた痛みより、右耳の鼓膜がわんわんと鳴り続けて怖くなる。



「止めなよ、キンさん。女の子に手をあげるもんじゃない」

 あわてて仲裁が入るものの怒りの収まらない男は、押さえられながら、ドンドンと床を拳で叩きつける。


「おらぁ悔しいんだ。なんであいつがいなくなる…なんでだ」
 

 忘れていたかのような涙が両目から溢れだす。



 絞りだすような声。普段飲んだくれて、彫り物の仕事もさっぱりで、当たり散らす姿しか見ていなかっただけに、こんな姿もあるのかと驚きでしかない。

 痛む頭と軋む体は、そんな男は調子よすぎると言っている。スンホンが帰れば、殴り、怒りすぐにもこき使うだろう。



 それでも男のためでなく、スンホン自身や体の弱い母親のために協力しないといけない。

「俺で出来ることなら、何でもします」

 伏せていた顔をあげて言ったのはハンだった。