10分くらい漕いだ所に、人気の少ないがそれなりに広い臨海公園がある。
入り口で、自転車を止める。
隣ではビルの建設工事が行われているらしい。
こんな暑い中大変だなと思いつつ、正面に視線を戻し、足が止まった。
入り口付近には、滑り台のような大きな石のオブジェクトがある。
いつもなら子供たちがキャッキャッ言いながら遊んでいるのだか今日は居なかった。
代わりに見慣れた一人の女性が座って海を見ていた。
俺は意外な偶然に驚きながらその女性の元へと向かった。
「よっ、偶然だな」
そう言うと、女性は振り向き驚きの表情を浮かべながら嬉しそうにこう言った。
「うん、偶然だね」

彼女の隣に座って、こう言った。
「今日は良い天気だな」
「うん、そうだね」
「なんか、こう、病気になりそうなくらい眩しい日差しだな」
すると彼女はプッと笑い、
「なにその表現の仕方!おっかしー」
と、今日の天気に負けないくらいの眩しい笑顔を見せた。
この笑顔を見る度にこっちも笑顔になる。
「確かにな!ハハハ」
と笑いあった。

少しの間、話していると彼女の足元に一匹の黒猫がのどを鳴らしながらすり寄って来た。
「あっ、可愛いー!」
「おっ、本当だな!」
と撫でていると彼女の膝の上に飛び乗り丸まってすやすやと寝てしまった。
「寝ちゃったね」
「・・・なんかうらやましいなぁー」
「何か言った?」
「いや、何も」
と返した。

そういえば、と言って彼女に何気ない質問をしてみた。
「そういや、夏って好きか?」
彼女はうーんと言って黒猫を撫でながら何となくふてぶてしくこう返した。
「いや、夏は嫌いかなぁ、日焼けするし暑いし」
「えーそうなのか?俺は好きだけどなぁ」

「あっ」
と言って彼女は突然駆け出した。
黒猫がいきなり逃げ出したからだ。
「おい待てよー」
と言いつつ、追いかける。
黒猫は入り口から出て道路の真ん中で立ち止まった。
ふと信号を見る。
赤。
だが彼女は気づいていない。
そのまま道路に飛び込む彼女。
焦る俺。
「待て!!」
そう叫ぶ。
右から高速で走ってくるトラック。
届かないと分かっていても必死に走り手を伸ばす俺。
トラックの急ブレーキ音。
逃げ出す黒猫。
気づく彼女。
だが、もう遅かった。
「嘘でしょ?」


バッと通ったトラック。
空中に鮮血と共に舞う彼女。
血飛沫が飛び散るなか、彼女のつけていた香水の残り香と血の匂いが混ざり合って思わずむせかえった。
走馬灯のようにとてつもなくスローな時間の流れのなか俺は
(嘘だろ・・・嘘だよな・・・)
と思っていた。
その時だった。
「嘘じゃねぇよ」
俺と同じ声。
視界に写る反対側の歩道。
そこには、俺がいた。
ゆらゆらと陽炎のように揺れる
俺が。
その俺はニヒルな笑みを浮かべていた。
どういうことだ。
だが、その疑問は長くは続かなかった。
そいつは何かを言った。
その言葉が俺は聞こえなかった。
青になる信号。
そいつは消えた。
終わる走馬灯状態。
全てが動き出す。
血飛沫は道路や電柱、俺のジャージ等にかかった。
数十メートル先で転がり止まった彼女。
空はいつもより青いのに。
いつもの光景があったのに。
血が其処らに撒き散らされ一瞬で凄惨な光景に変わった。
うるさいセミの鳴き声。
俺はショックで眩み、倒れた。
薄れていく、意識のなか彼女がだけがはっきりと見えた。
彼女は血混じりの涙を流していた。