質問者 2015-05-07 04:04:13

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「隊士が切ると騒いでおります」「なぜかね」 「局長の虎鉄が偽物だと言い放ったそうですね 」土方は驚いた。あの場には自分と近藤以外他 には誰もいないと思っていたからである。「 誰から聞いた」「実は本堂の下に隊士が昼寝を して聞いていました」「何だと」土方は声を 発した。普段なら境内の下をのぞきこんで誰か 潜んでいないか確かめておくのであったが呼び 出したのが女であったために油断していたので ある。「彼女は沖田君の思い人だよ」「そう らしいですな」土方はそう言いながらこれは 駄目だと思った。ことは近藤個人の問題ではな く、新選組局長としての近藤の体面に関わるこ とであったからである。「止められないのか 」「もはや無理です」

yasuda_misako55さん

質問者 2015-05-07 04:05:05

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「わかった」土方はそう言うより他に仕方なか った。山崎は座敷を下がった。教えてくれたの がせめてもの彼の配慮だったのだろうと土方は 思った。土方は控えていた侍童に言った。「 ちょっと出てくる」土方が俳諧をひねるため外 出するのはそれまでにもなかったことではなか った。そうして土方が向かったのは女がいると いう団子屋であった。土方は訪なうたことは なかったが、隊士から話に聞いていたので場所 は知っていた。女は虹色の飫肥を不器用に締め て総司が与えたかんざしをざんぎり頭に挿して 給仕をしていた。「逃げろ」土方は言った。 女はかぶりを振った。「私は逃げません」土 方は言った。「では私を平成の御代に連れて行 ってくれ、まろび出たのであればそこへ戻るこ とも可能であろう」女はしばらく考えていた がやがて言った。「カモンカモンカモンカモン ベイビー誘(いざ な)ってよ」

yasuda_misako55さん

質問者 2015-05-07 04:06:24

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不意に目の前が暗くなったかと思うと土方歳三 は女と手を繋ぎながら時を駆ける旅に出ていた 。雷鳴と電光が幾度も鳴り閃いた。三日三晩 ほども経ったかと思う頃、不意に胞衣(えな)か ら胎児が生まれでる時のようにポコッと空間の 中に土方は女と手を繋ぎながらまろびでた。 「ここはどこだ」土方が尋ねると女は言った。 「私の部屋だよ」「確かにここは京の町ではな いようだな」土方は言った。「あー、疲れた 。今日はもう寝るべ、土方さんはそこのソファ で寝てよ、明日町をあんないするから」そう 言うと女は虹色の帯を解き、寝巻きに着替える と寝台の中に潜り込み灯りを消した。土方も仕 方なく女が指さした寝椅子に寝転び西洋の毛布 (ゲット)をかぶって寝ることにした。 近藤さん には悪いことをしたが、女を殺した上であの時 代に留まっているよりは新しい御代にまろび出 て新しい生き方を模索してみるのもよいような 気がした。

yasuda_misako55さん

質問者 2015-05-07 04:09:32

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翌日、女は土方が起きる前に起きて朝餉(あさ げ)を用意してくれていた。 「これは何だ」土 方は食卓に並ぶ三日月の形をしたかぐわしいカ ステイラ状の食べ物を口にして訪ねた。「クロ ワッサンだよ」「黒和餐(くろわさん)か、黒と 言うより焦げ茶色だな」「今日は土方さんの 生まれたところを見に行こうっか」「八王子 か」「うん」「なぜ私の生まれたところを知 っているのだ」「仕事で八王子に行ったとき電 車の窓から『ようこそ、土方歳三のふるさと日 野市へ』っていう看板を見たんだ」「今は火 熨斗(ひのし)というのか」 「そうだよ、その格 好じゃまずいからこれを着て」土方は女が差 し出した西洋人の身なりをまとった。「よか った、お兄ちゃんの服がぴったりだ」「兄者が いるのか」「うん」「兄者は何をしておられ る」「大分で教師だよ」「おお、藩校の師範 をしておられるのか」

yasuda_misako55さん

質問者 2015-05-07 04:10:04

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「そんなんじゃないから、それから刀はここに 置いておいてね。盛って歩くと警察に捕まるか ら」「警察とは監察のようなものか」「そう そう」土方が女に刀を渡すと女は刀を台所の床 下の収納に手際よく入れた。土方は武士の魂 をぞんざいに扱うなと言おうかと思ったがやめ た。元々武士ではなく農民の子なのだ。それ にここでは武士と農民の区別もなさそうである 。「じゃ、行こうか」女は土方に草履のよう な履き物をはかせた。「これは何だ」「スニ ーカーさ」「脛烏賊(すねいか)か」

yasuda_misako55さん

質問者 2015-05-07 04:10:59

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生まれた町を訪れた土方は女の案内で日野市役 所に行き日野市長と会うことができた。女は皆 から好かれているらしく、彼女が話すとみんな がニコニコして事がうまく運ぶのが不思議だっ た。土方が女に連れられてこの世にまろびでた のだがと話すと日野市長は疑うこともなく、幕 府と話をつけると土方は日野市の名誉市民とし て小さな箱形の住まいを与えてくれ、給金もく れることになった。女は「じゃあ、私はこれ でバイバイね」そう言って去って行った。土 方は差し料(日本刀)を返せと言おうと思った が やめた。どうせこの御代では必要がないのだ。 日野市長は親切に土方にマナーとこの時代の言 葉を教えてくれる教師をつけてくれ、土方は半 年もしないうちに不自由のない暮らしをするこ とができるようになった。

yasuda_misako55さん

質問者 2015-05-07 04:11:45

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近藤勇のお墓にもお参りした。自分の墓も函館 にあると聞かされたが、一体誰の骨がそこに埋 まっているのか定かでは亡いので見に行くのは やめた。そして、日野市にある首都大学の理学 部の聴講生となり、本草学を学ぶことにした。 今は本草学ではなく植物学というらしい。沖田 総司が別の御代に生まれたなら本草学を学んで みたいと言ったのをふと思い出したからである 。今は毎日が新しい知識を身につけていくので 大童である。首都大学での課程を終わり、大学 の卒業資格を得たら、京の地に行き、そこで大 学院に通い細胞学を修めようかと本気で考えて いる。その後、あの女には一度も会っていない 。

おしまい